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KGK大嶋重徳主事の巡回日記

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ようやく言葉になったこと

なかなか言葉にならない思いがあった。簡単に文字にも出来ない思いがある。

しかしようやく言葉になった。そして自分の言葉にしようと思う。
自分の中で立ち上がらないといけない時が来た。



大切な大切な先生が、天に召された。「N先生と膵臓がん」「じぶんのものはなにもないやろ

沖縄に訪問していた折学生達とのミーティング中、N先生の名前が携帯の表示画面に出る。

丁度ご家族のブログを見た後で、久しぶりに先生と話せることが楽しみで、少しハイテンションに電話に出る。
「もしもーし!ご無沙汰してます!!」

すると向こうからは何も聞こえず、しばらしくして涙ながらの奥様の声で「昨日な、天国に行ったんやん・・・」という声。


しばらくあまりにも調子はずれだった自分の声が耳に残る。

「後はな『しげに任したで』っていつも言うてたから。」

思わず答えた。
「そんな、無理ですよ。」


沖縄から戻り、葬儀の行われる神戸に向う。

葬儀に向かう車中、気持ちは神戸へとは向かっていない。
頭の中は他のことを考えようと、手は別の物へと延びる。先生から受け継いだものはそんなものではないのに。

何も心が動かないまま、葬儀は進んでいく。

しかし先生の友人であり、教会の役員の方が、先生の最後の姿が報告された。

「もう傍目から見ても大変やから、『説教も無理せんといてください。』と何度も言いました。でも先生は語りたかったんです。ギリギリまで最後の最後まで語り続けようとされてました。」


涙が溢れでた。

先生とよく話したことも、いつも説教のことだった。
「どうやったら聖書を聖書で語れるのか。」
講解説教にこだわり続け、しかもこの時代に、この世界に届く言葉を語ろうと願い、教会が建て上がる言葉を語ることにこだわり続けた先生。
「ええ説教やったで。」と声をかけて下さった先生と最初の出会いも説教だった。先生と話すいつもの話題も自然に説教のことになっていった。

「先生は、語りたかったんです。」
この言葉が先生の死に向きあうように、自分の心も思いも体も、この死の意味も向きあうようにとさせてくれた。
涙が止まらない。

そして喪主挨拶。
奥様のS先生と一瞬目が合う。「あほか。何泣いてんネん…私、ここに泣かんと立ってるのに。しっかりすんねんやで。」
そんな眼差し。そしてご自分の言葉で語り抜かれるS先生。

棺の中の先生の顔を見つめる。
語りきったような、あるいはまだ語りたかったことが沢山あんねんけど、と言うようなそんな顔で眠っている。
棺の側にいる子どもたちに挨拶に行く。
すると「先生、これ母からです。」と一番上のお姉ちゃんが手渡してくれたものがあった。

袋の中を取り出すと、読み込まれた名著「スポルジョンの説教学入門」が1冊。そしてカード。

そしてもう一度聞こえてきたN先生とS先生の「あとは任したで。」という言葉。


この地上に福音「よき知らせ」があることを「語りたかった」先生の思い。
それが福音にふさわしく、あたたかく語られることに夢中だった先生の思い。

「語ること」を許されている自分に渡された「語りたかった」思い。


「語ります。」「やります。」S先生の手を握り、そう答えた。
後は何を言ったのかよく覚えていない。新幹線に乗り、そして家に帰った。ただひとつの思いは、「ここで語りつ続けること。この場所で、この国で語り続けること。この世界で、この歴史に語り続けること。」

それは先生を用いておられた神が今尚、良き知らせを語ろうされているから。
神は今も尚、人を用いて語ろうとされているから。

神があのN先生を、十分に、完全に、そして栄光をビンビン現して用いられたように。
神はこんな私も、用いようとされているのであるならば、私はここで語り続ける。


ようやく、ようやく、言葉になったこの思い。



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