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KGK大嶋重徳主事の巡回日記

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沖縄地区夏期学校のご案内 はあああ、暑い。

沖縄に来ています。
今日は沖縄福音連盟の牧師会に出席した後、夏期学校の下見、夏期学校準備委員会をしました。今年2名の学生と、2名の卒業したての卒業生によって準備が進められています。
ということで熱くなりそうな沖縄地区夏期学校の案内をします。
激安航空が沖縄便に続々就航中なので、早速チケットチェックですよ。

日程:8月24日10:00-27日12:00まで
場所:玉城少年の家
テーマ:時が良くても悪くても
講師:大嶋重徳(沖縄地区担当主事)
※県外からの参加者は前日23日入りも可能です。宿泊をアレンジするので、ご連絡ください。

名前、性別、年齢、学校、学年、住所、電話番号、E-mailアドレス、所属教会を
こちらのアドレスに送ってください。もちろん大嶋宛に問い合わせてくださっても結構です。koto1234425@yahoo.co.jp
目玉企画は以下のとおりです!

□プログラム紹介
4回の主題講演と「時が良くても悪くても『夫婦』でいること」集会

他にも
24日沖縄スタディツアー(南風原陸軍病院壕、ひめゆりの塔、魂魄の塔、荒崎海岸、平和記念公園、糸数壕)KGK卒業生で地元タウン誌のライターをしている相馬さんが案内してくれます。
25日あざまサンサンビーチで卒業生企画BBQ(泳ぐ人は水着も是非)
26日沖縄の地域教会に礼拝出席、希望者は普天間基地見学。こちらも相馬さんの説明つきです。それと那覇観光つき。
27日最終日。フライトまで時間のある人は美ら海水族館へ

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説教塾での経験「変わりたいのか」

「やったな。」この言葉が頭を巡っている。


大阪聖書学院のエクステンション講座が御茶ノ水キリストの教会であった。
テーマは「伝道説教を考える」。講師は加藤常昭先生。

「大嶋さん、説教原稿出せる?」
「いいんですか?」

加藤常昭先生、説教学における巨人。本棚に何十冊もある先生の著作。
神学生の頃には、ルドルフ・ボーレン先生と神戸に来られて、ミーハー精神満載で一緒に写真を取った憧れの人物。娘の香澄を抱き上げてボーレン先生と写真を取ったのだけれど、香澄が先生の頭をパチンパチンと叩く。それを先生はかん高い声で「ヒャッヒャッヒャッ」と笑っておられた。きっと日本でボーレン先生の頭を叩いたのはわが娘だけではないか…。

そんなボーレン先生と共に世界の説教学を牽引されて来たといっても過言ではない加藤先生と直接、説教演習を受ける機会なんてそうないこと。
しかも以前北陸地区にいた頃にも、説教塾に何度か出席。しかしその際の説教演習は順番が最後の4番目で、「はい。『良かった』ということにしておきましょう。うーん、若いねえ。」と言われて終わった記憶のみ。


さて朝、目が覚めて少し震えている。
緊張している自分の自覚。

関東地区KGKの主事たちも4名集合。
10時半から始まる先生の説教批評についてのオリエンテーション。
今から始まる自分の説教にすでに幾つも鋭く突き刺さる鋭い言葉。

説教前に挨拶に行く。頭の上から足先まで目線が行く。「なんだかすべてがバレている」そんな思いがした。
11時過ぎ、説教開始。声が震えている。
説教中に何度も目が合う加藤先生。そして書き込まれていくメモ。

終わる。



最初に第一印象。順番に分かち合われる説教中に起こった出来事(印象)。説教者が「そんなつもりで語ったのではない」という言葉を許さない起こってしまった出来事。
そして加藤先生のコメント。「『やったな』という感じですね。やってきた人なんだなと思いました。『やったな』というのはいい意味ではありません。」


そして昼食。岸本さんが励ましてくれる。ありがたい先輩。


そして昼食後、実際的に始まる説教批評。
本当はする筈であった岸本さんの説教をやめてまで、続けて下さった恵みの時間。午後4時半まで。



そして出来事は、最後に起こった。

「最後に一言、説教者どうぞ。」と促され、為した自分のコメント。
それは自分の説教にしがみつきたいそんな言葉であったと思う。

もっと厳しい言葉、説教者人生を覆されるような決定的な言葉を投げかけられるのではないかと戦々恐々としていたにも関わらず、思ったよりも思いもかけない言葉もかけられた。その時、自分の説教をもっと肯定していたいという思いがムクムクと動き出したのだろうと思う。
あるいは思ったよりもして頂いた幾つかの「良いコメント」にしがみつき、実は語られている重要な自分の欠陥について目をつぶりたい思いが湧いたのが本当のところだろうと思う。
醜い自分の姿。

本当に意味でここで「やってしまった」と思う。


その言葉を聞いた加藤先生の表情が変わった(ように思えた)。


その後、一人の方が質問をされた。
「説教者が変わるということは、どういうことですか?」

そこで紹介された一つのエピソード。
加藤先生が師事されていた高名なテノール歌手の指導者のもとに、その時代に一人の活躍が期待された歌手の一人が「先生、歌を教えて下さい。」と指導を求めてきた。
その歌を聞いたあと、先生は「そうですね。発声からやり直さないといけないですね。」つまり基礎からやり直そうという意味。その歌手が先生の自宅から帰ったあと、加藤先生にこう言われたそうだ。「もうあの人はここには来れないよね。」と。基礎からやり直すということは、強く今の自分を変えようとしていないと出来無い。
そしてカール・バルトが晩年説教がどんどんと若い頃から比べて変わっていったことを紹介され、そして最後にその先生の指導を受けなかったその歌手は数年で表舞台から姿を消したのだと。


「変わりたい」と思って、今日の説教塾に来たはずなのに、今までの自分の説教を肯定したい、自分の生き方を肯定したい、自分を褒めてくれる言葉にしがみつきたい、そんな自分がムクムクと顔を出した。
変われない自分。

そうして帰りの道の途中、指摘された説教の欠陥の一つ一つを思い起こした。
それは自分の人生の中で何度も何度も指摘されてきた欠陥でもあった。
そしてそれは、自分がこだわってきた、大切にしてきたつもりでありながら、結局変わることが出来ないままいた部分であった。
そしてそれは自分の福音を信じる確信の弱さを問われる言葉であった。





「本当に変わりたいのか?」

そして家に戻り、指摘された説教原稿に向かい合う。

実は、今日の箇所から最初に説教したのはもう10年以上も前のこと。
10年かけて、何度も何度も手直しして、今日に至った説教の言葉。


これらの言葉、一文一文、説教の構成ひとつひとつに対する自分の愛着はとてつもなく大きいことに気がつく。

10年間してきた自分の説教体験にメスを入れる作業。
「ここで、捨てないと。」
そして押すディレートボタン。


10年間愛してきた言葉を捨てる複雑な感情と、これからの10年間に「変わるんだ」という思い。


今日の夜が、自分の説教者人生を変える一点になると信じて。




ようやく言葉になったこと

なかなか言葉にならない思いがあった。簡単に文字にも出来ない思いがある。

しかしようやく言葉になった。そして自分の言葉にしようと思う。
自分の中で立ち上がらないといけない時が来た。



大切な大切な先生が、天に召された。「N先生と膵臓がん」「じぶんのものはなにもないやろ

沖縄に訪問していた折学生達とのミーティング中、N先生の名前が携帯の表示画面に出る。

丁度ご家族のブログを見た後で、久しぶりに先生と話せることが楽しみで、少しハイテンションに電話に出る。
「もしもーし!ご無沙汰してます!!」

すると向こうからは何も聞こえず、しばらしくして涙ながらの奥様の声で「昨日な、天国に行ったんやん・・・」という声。


しばらくあまりにも調子はずれだった自分の声が耳に残る。

「後はな『しげに任したで』っていつも言うてたから。」

思わず答えた。
「そんな、無理ですよ。」


沖縄から戻り、葬儀の行われる神戸に向う。

葬儀に向かう車中、気持ちは神戸へとは向かっていない。
頭の中は他のことを考えようと、手は別の物へと延びる。先生から受け継いだものはそんなものではないのに。

何も心が動かないまま、葬儀は進んでいく。

しかし先生の友人であり、教会の役員の方が、先生の最後の姿が報告された。

「もう傍目から見ても大変やから、『説教も無理せんといてください。』と何度も言いました。でも先生は語りたかったんです。ギリギリまで最後の最後まで語り続けようとされてました。」


涙が溢れでた。

先生とよく話したことも、いつも説教のことだった。
「どうやったら聖書を聖書で語れるのか。」
講解説教にこだわり続け、しかもこの時代に、この世界に届く言葉を語ろうと願い、教会が建て上がる言葉を語ることにこだわり続けた先生。
「ええ説教やったで。」と声をかけて下さった先生と最初の出会いも説教だった。先生と話すいつもの話題も自然に説教のことになっていった。

「先生は、語りたかったんです。」
この言葉が先生の死に向きあうように、自分の心も思いも体も、この死の意味も向きあうようにとさせてくれた。
涙が止まらない。

そして喪主挨拶。
奥様のS先生と一瞬目が合う。「あほか。何泣いてんネん…私、ここに泣かんと立ってるのに。しっかりすんねんやで。」
そんな眼差し。そしてご自分の言葉で語り抜かれるS先生。

棺の中の先生の顔を見つめる。
語りきったような、あるいはまだ語りたかったことが沢山あんねんけど、と言うようなそんな顔で眠っている。
棺の側にいる子どもたちに挨拶に行く。
すると「先生、これ母からです。」と一番上のお姉ちゃんが手渡してくれたものがあった。

袋の中を取り出すと、読み込まれた名著「スポルジョンの説教学入門」が1冊。そしてカード。

そしてもう一度聞こえてきたN先生とS先生の「あとは任したで。」という言葉。


この地上に福音「よき知らせ」があることを「語りたかった」先生の思い。
それが福音にふさわしく、あたたかく語られることに夢中だった先生の思い。

「語ること」を許されている自分に渡された「語りたかった」思い。


「語ります。」「やります。」S先生の手を握り、そう答えた。
後は何を言ったのかよく覚えていない。新幹線に乗り、そして家に帰った。ただひとつの思いは、「ここで語りつ続けること。この場所で、この国で語り続けること。この世界で、この歴史に語り続けること。」

それは先生を用いておられた神が今尚、良き知らせを語ろうされているから。
神は今も尚、人を用いて語ろうとされているから。

神があのN先生を、十分に、完全に、そして栄光をビンビン現して用いられたように。
神はこんな私も、用いようとされているのであるならば、私はここで語り続ける。


ようやく、ようやく、言葉になったこの思い。



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