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KGK大嶋重徳主事の巡回日記

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シンガポール占領の歴史と

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1942年2月15日、日本のシンガポール占領。

山下司令官が「イエスかノーか」と言った場所、フォード工場にEARCが始まる日、学生達が到着する前に総主事とそこを訪れた。

暑い暑いシンガポールの坂を登り、昭南島と改名させられ、昭南神社と忠魂碑のあった場所に僕らは訪れた。
するとかつて忠魂碑が建てられ、神社があった場所の参道と思われる坂に、中学生達が何か別れてグループワークをしている。そして足元にある紙に書かれてある言葉がふと目に入る
「Start of Japanese Occupation]

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すると他にも
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シンガポールの中学生達は皆この場所にきて、自国の占領された歴史を学ぶ。

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さらに昭南忠魂碑のある丘の下には、フォード工場内にある歴史館へと行く。
そこにも別の学校とおぼしき中学生達が、クラスの担任の先生の説明を聞いている。
支配された歴史を持つ国の歴史教育。そこで語られる歴史展示。もちろんどこの国にも伝え残そうとする歴史には意図が含まれている。
この国にはこの国の意図がある。しかしその意図には、歴史を語らないという意図はない。
歴史を教えないという意図はない。

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Y総主事が「もう一つ行きたいところがあるんだよね。」ともう一つ連れていってくれた場所は、シンガポールの日本人墓地。
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ひっそりと建てられた墓地。ここにも一つの歴史観がある。


キリスト教信仰は、聖書それ自身が神のなさったわざの歴史を表す書である。
キリスト教信仰は、罪の歴史を覆い隠そうとする意図はない。聖書それ自身が、神を信じる民の過ちの歴史を忠実に誠実に語り伝えようとしている。
大切なことは、起こった歴史に目を閉じるのではなく、起こった過ちを水に流すのではなく、犯した罪の事実を時の流れと共に風化させるのではなく、起こった出来事胸に刻み、神の憐れみを請い、悔い改めの実を実らせるために、歴史に目を見開いてこの地上に神の国をたてあげることであり、神の民と共に生きようとすることである。


聖書を読むことは、同時に神の支配の視点からの歴史観が形成されることである。


国家と国家が掲げる歴史観は、そこにはナショナリズムが入り込み衝突が生じる。
しかしキリスト者は日本的な歴史観に立つこともせず、他国の歴史観に安易な同意でもなく、キリスト者として立つべき聖書的歴史観を、形成されなければならない。

そして聖書を読み、祈るクリスチャンであるからこそ、歴史が語る場所に立ち、そこで過去行われたことと現在への連続性を鋭く洞察し、誤った国家理解、誤った国家の歴史支配に対して、戦いうる力を養う大きな機会となる。


EARC終了後KGKのツアーは、観光地のど真ん中にあるポートフィロソーと、もう一つ別の戦争記念館に訪れた。
そこでこのツアーにも参加してくれた日本語の話せる学生が、「ここにある拷問の証言は、私の教会のおばあさんのものです。」と分かち合ってくれた。

EARCで出会ったすべてのシンガポールの学生たちは全員が、小学、中学生時代にここを訪れている。
そしてこの歴史の事実を知り、尚、私たちと神の国を建て上げることを真剣に祈ってくれている。
あのEARCの交わりの意味と深まりが、確かにされる時間。

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スピリチュアルジャーニー・シンガポール

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ボクには憧れている主事がいる。

東海地区のY主事である。それを言うと「またまた~」といつも軽くいなされる。そう彼はつれない。

彼の学生へのアプローチは、真似ができない。何と言うか彼の独特の間合いが、学生たちの主体性を育てていくのだ。
そして何より、説教がいい。パッションあふれながらも、洗練された説教スタイルと言おうか、学生たちの現状を洞察し、鋭くそして確実に言葉が学生に届く。
相手が若いからと言ってトッリキーにはいかない。王道の聖書講解をストロングスタイルでいく。
この人の説教を聞いていると、今後のKGKを背負っていく人だろうなあと思う。そして自分ない、そんな雰囲気にあ憧れる。
しかしそう言えば言うほど、彼は相手をしてくれなくなる。


今回のEARCでは、彼がKGKのEARCツアーのリーダーであり、EARC後のツアーアレンジもすべてY主事がしてくれた。
なぜなら神学校に入学前の1年間、彼は家族と共にシンガポールで一年を過ごし、DTCという神学校に滞在していたから。

EARC期間中、学生たちがアウティングに出かけている間、「慎也さん、どこか美味いもの連れていってよ。」と言うと、連れていってくれたのがシンガポール1を誇るチキンライスの店。
独身時代の何でも「うまい」と言っていた彼を知っているため、それほど期待していなかったのだが、いやあ本当に美味しかったです。結婚して、名古屋に住んで(それは後か…)彼の味覚は大きな変革を遂げたのだろうか。間違いなく感動を生み出す一品。

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ふと見ると、遠くを見ながら「これをよく家族で食べたんだよな~」と浸るY主事。

そしてその後、歩いてDTCへ。
あのデービッド・エドニー(IFESの東アジア学生伝道の父、とぼくは勝手に呼んでいる)が始めた学校。
このDTCは、KGK初代A総主事の奥様Eさんや、東アジア地区総主事だったOさんや、かつてOMF総主事で台の学生伝道の父のM先生、現在OMF日本総主事でカンボジアの学生伝道の父と呼ばれるS先生など強者が卒業された凄い学校。

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残念ながら学校は休み期間中で、学校は事務スタッフがいるのみ。
しかし、Y主事の目が輝いている。
「ここでマンゴーがなるんですよ。」「ここで神学生が全員チャペルに出てねー。時々、ギター弾いたりしてねー。」「あの芝生の上で、いろんなことをいっぱい話したなあ。」

しばしのスピリチュアルジャーニー。

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きっと言葉にならない思いが、この眼の前に広がる光景に、壁のシミの跡に残っているんだろうと思う。
幼い子どもたちを含めた家族で過ごしたシンガポール。きっと大変だっただろう。
簡単なことなんかじゃないことは、本当に今、よくわかる。

でも、彼は世界を見ること、アジアで生きること、皮膚感覚でそれらを感じ、アジアに住む兄弟姉妹と対話しながら生きることを選んだ。
そしてそういう彼が今、KGK主事会に戻ってきてくれた。

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そして学生たちに、この場所で何を見ないといけないか語ってくれる。
何に気づき、何を見つめ、何を備えないといけないか、学生たちに、そして主事たちに語ってくれている。

こういう尊敬できる同世代と働けるのは、しあわせだ。


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最終日、学生たちがフリータイムをオーチャードロードで楽しんでいる間、僕らはもう一軒、Y主事のシンガポールお薦めの福建麺の店に行った。いやあ海老の味噌の濃厚なスープが麺に絡み、一口食べると脳髄に震えが来る。
「何これ!本当にうまいね!!!」大興奮している自分をよそ目に、「そうだよねー。」と淡々と食べているY主事。
これだけこの街のうまいものを知っているということは、相当な神学の学びを積んできたんだろうなあと勝手に思い込みながら、残りの福建麺を力いっぱいすすりこむ。
そして食べる終わるまでの時間、店内で今後10年先のKGKがどうなっていくのかなあと語り合う。

シンガポールの最後の夜。

EARCシンガポール

1993EARCは、18歳の時の信仰を根底から覆してくれた経験。

あの台湾から、たった一人でも遣わされたんだから、と学内での聖書研究会を始めた。
あの台湾から、アジアの兄弟姉妹の深い痛みと呻きが、日本の教会が加担した罪が原因であることを知り、学びを始めた。
あの台湾があったから、2008EARC日本開催の準備委員長を引き受けようと思った。

フィリピン・バギオで行われた第一回EARCも、70数名のKGK参加者の人生を大きく変えた大会であったし、その後の大会も人生を変える経験を与え続けてくれた大会。多くの海外でのカンファレンスはあるけれど、EARCはそれらと違うものがある。きっとそれはIFESの信仰告白に連なっているIFESファミリーを実感できるから。

今回日本から参加した30数名の学生たちも、ビリビリとその恵みの中に身を沈めていっていた。

特に胸を打ったのは、多くの方々から「地震のことを祈っていたよ。」と言葉をかけられたこと。
実際、震災後世界中のムーブメントから、メールが届き、ボランティアのために使って欲しいと献金が届き、学生たちが「祈っているよ」と励ましのMovieが届いた。

それらの感謝も含めて、KGKからのプレゼンは、東北から参加した学生が立ち、一人は福島県出身の学生で自分の故郷で起きた痛みを涙とと共に分かち合ってくれた。

そして会場に訪れた静寂と、一つになって祈ってくれたアジアの兄弟姉妹の姿。
涙が止まらない学生の側に、アネット東アジア地区主事がそっと寄り添い、体に手を触れ、祈り続けてくれた。

家族が一つになって祈ってくれた日。
この祈りの日を、学生たちは決して忘れることはないだろう。

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1学期が終了。

木枯らしが吹き、冷たい雨が振り続ける中、神学校の1学期が終了する。


あっという間に終わったような、
でもいろいろと考えに考え抜いた長い時間であったような。


あの大きな地震が起こり、何度も日本へと往復したこの5か月。

しかしそれでもゆっくりと流れ続けたこちらでの時間。
そして静かに気がつかされるのは、「この時に来なかったら、わからなかったことが多いだろうな…」という思い。
 

20代の中盤のまだ神学校卒業したての頃。
「学びをもっと続けたい。できたら海外でそれをしたい。」とがむしゃらに勉強への情熱が燃え盛っていた(もちろん今でも学ぶことの情熱は消えてはいない。)頃。


でもその20代の自分がここに来ていたとしても、見過ごしていたことがきっと多いだろうなと思う。

ここで経験するいろんな出会いの意味や、ふとした時に見えるこの国の教会の現実や、実は今話された言葉がどれほどの神学的な価値と意味を持っているのかということなども、

きっと20代のボクには、海外だという事実に浮ついて聴き逃していただろうし、ただひたすらわかったような顔だけをするのが上手になるだけだっただろうし、耳には聞こえてきたとしてもその価値の重さをわからないまま、その辺に投げ捨てていただろうなと思う。


もちろん今だって、この年になったって、そんなに変わりはない。
きっとわからずに投げ捨てている宝の山があることは、自分の語学の不甲斐なさと自分自身が余りにも未熟な人格であることに日々失望しながら日々を送っているから、痛いほど感じている。
そしてこういう思いは、きっとボクの人格の未成熟ぶりと関係しているものだと思うので一般化しようとなど毛頭思ってはいない。いくら若かったとしても深く知り、深く学び、深く気づきを得る人は山ほどおられることは、歴史が証明している。


でも、でもだ。
1997年にKGKの主事となり、神学校を卒業し11年が経ち、多くの人達が伝道者として自分のために祈り、育てて下さり、教会と多くの学生に囲まれて歩んできた日々がなければ、やっぱり「ここで、今」分からなかっただろうな思うことが多くあるのだ。


今、神様が、目の前で見させてくれる一つ一つの学びと経験の向こう側には、絶えずあの日本でがむしゃらに学んできた日々と、涙して働いてきた日々がいつも鏡のように映しだされている。

そしてその鏡が、目の前の一つ一つの経験に光を当ててくれるのだ。
「これはあなたがずっと苦しんでいたあの事柄に光をあてるものじゃないか。今、深く心に刻みつけておきなさい。」
「これはあなたに何度も何度も語ってきたことだよ。今、涙と共に深く心の奥に受け取る時期が来たのだ。」
「これはきちんと手にとって、懐の深く奥にしまいこみなさい。今はまだ十分にはわからないかもしれないけれど、今後深く意味を持つことになるから。」

神様が与えてくださった経験と今までなしてきた神学の学びが、センサーとなり、受け取るべきものを優しく教えてくれるような思いがする。


神学をするとは、知識の詰め込みではなく、深い人格的経験であり、信仰的・神秘的な経験なのだろうと深く思わされている。



「今でよかったんだ。」

そう振り返ることのできた第一学期。

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