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KGK大嶋重徳主事の巡回日記

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KGKボランティアチーム

KGKボランティア被災地訪問2

昨日到着したチームと、昨日の帰る学生をあわせて30数名のKGK学生ボランティアが、塩釜聖書バプテスト教会に泊まり込み、ボランティアをしている。

「塩釜聖書バプテスト教会から来ました。何かお手伝いできることはありませんか。」
海沿いの津波が襲った地域を4、5人一チームで掃除のお手伝いに行く。
「今日、このあたりを若い者が来ていますので、他にもお手伝いできるおうちがあれば、教えてください。買い物でも何でもやりますよ。」

泥だらけの家

石油コンビナート火災によって、燃えた油と津波が運んできた砂が真っ黒な泥となって、家のいたるところに溜まっている。
言葉を失う光景、無力感に包まれそうになる現実、目の前の悲しみと痛みの中におられる被災された方々。
その中で学生たちは声をあげる。
「何かお手伝いできることはありませんか。」

寝袋持参、期間中の食事持参で、朝にはおにぎりを握り、夜にはインスタントラーメンを食べる。
上下のウィンドブレーカーと長靴が泥だらけになって一日を終えて、帰ってくる。(写真は田中主事)

これだけ汚れます

食事リーダーの指示の下、食事を作るチーム。

インスタントラーメン

掃除リーダーの下、泥だらけの長くつを洗うチーム。
長くつ掃除

ボランティアチームリーダーは、明日も行かないといけない場所の確認。
それぞれの役割を果たしながら、夕食を食べ、そして夜には御言葉を読み、一日の分かち合いをする。

夜のみことばと分かち合い

目の前にあった光景の全てに、主がともにおられて為して下さったことは何か。そのことを意味を問いながら、彼らは疲れ切った身体を寝袋におさめる。
余震が続く夜に、彼らは身を横たえながら明日へと備える。

塩釜でのボランティア2


自らの無力さを覚えながらも、イエスキリストが明日も彼らをとおして為さろうとされている事柄のために、そこに行こうとする。イエスキリストが寄り添おうとされている方々の傍で、言葉にならない言葉をで会話を続ける。

そして、今、全国から続々とこのボランティアチームに参加しようとしている学生たちがいる。
夕飯


今日は、街で出会った方々からの「あたたかいものが食べたいです。」という声に応えて、東京の教会が用意して下さった1000食分のおにぎりと豚汁の材料を料理して、彼らは炊き出しの準備をしているだろう。

朝のミーティング


他にもすでにされている幾つもの炊き出しで聞こえる
「キリストさんが炊き出しをしてくれている。」
「キリストさんのトン汁。」
という言い方。

これらの言葉が、目に見える復興が始まっても尚、魂の荒廃したところにキリストの希望の光への道となると信じている。

炊き出しや、お掃除のなかで交わされる言葉のなかで、学生たちが見つめたこと、聞いたことによって、教会がこの地に建つということがどういうことなのかを学生たちは知ることになる。


KGKの活動する塩釜聖書バプテスト教会
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仙台に向かいます。

月曜日(21日)の早朝に新潟、山形経由で仙台に入ります。

KGKがボランティアに行かせても頂こうと願っている
JFHI(日本国際飢餓対策機構)のベースキャンプでボランティアと
今後のKGKのボランティア派遣の実際的なご相談をさせて頂く予定です。


無事に現地に到着できるように、お祈りください。


また学生の皆さんも祈りと共に、行く準備をしておいてくださいね!


お知らせ

いくつかご連絡です。

KGKウェブサイトより転載>
3月11日の東北関東大震災の被災に遭われた地域の皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
この度の震災に関連するKGKへのお問い合わせがありましたら、
office@kgkjapan.netまでご連絡ください。

<総主事ブログ>
震災に伴う各種情報は、総主事がブログを通して発信しております。
こちらからどうぞ ⇒ 総主事ブログ「からしだね

KGKでは学生たちのボランティアを計画しています。
最もふさわしいタイミングで、現地に入れるように。その時のためのよい備えが出来るように、お祈りください。

明日、帰国します。

明日、帰国します。

もともとは事務局長代行として理事会出席のための帰国にあわせて、少し早いですが妻の誕生日(明日)に帰れたらと思い、また子どもたちの春休みを少しでも一緒に過ごせたらと思い、帰国スケジュールを組んでいました。

しかし現在、総主事をはじめ全国事務所は全力で、震災の被害状況の情報把握、各集会の中止の判断、海外からの問い合わせの対応、今後の対策などでフルに走っています。


またOCCビル自体も幾つかの大きな破損があり、安全の確認も必要です。

帰国し、為すべきことができますように。
そして、為すべきことを忠実に、誠実に行えますように。


そして明日は無事に我が家へ帰れますように。


祈り

先ほどこちらの神学校で心を合わせて日本の地震のこと、被災された方々のために、そして教会のために祈りました。涙がこぼれてしょうがありませんでした。
多くの教授や、神学生が「祈っているよ。」と声をかけてくれています。

祈りが希望であることを、真実に覚えさせられる毎日です。

東北の諸教会が希望となり、多くの方々の平和の場所となりますように、懸命に奉仕されている牧師や信徒の方々のために祈っています。


シドニーアングリカンチャーチは、St Andrews Cathedralで、Grahame smith(元KGK主事)のリードで日本のために祈る礼拝をする予定です。
またPhill Miles(元kgk主事)さんは、政府の募集しているボランティア登録を済ませ、日本に行こうとしてくれています。


オーストラリアからも、世界中の祈りとあわせて、祈っています。

洗濯もの

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青い空にたなびく洗濯物たち。
明日の授業の予習のために、疲れきってた頭を一緒に洗ってくれる気がする。


英語の理解には波がある。
「おおっ、今日は俺は喋れてるし、聴きとれているぞ。一山、超えたか?」と思ったにも関わらず、
翌朝は「えええええ、口が動かない…。耳が作動しない。」


うーん。
1か月がたったのに…なあ。


ふと目を上げると、風になびくタオルが目に入る。


ああ、そうだった。このまま、ゆっくりいこう。

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ベジマイト

べじまいと2

ベジマイト。
ベジタブルとダイナマイトとかけたのか、と思わせる爆発的なまずさ…。

しかしこれをパンに塗って食べるのが、オーストラリアの国民食?とも言われる。
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これを食べる時や、ベジマイトを話題にあげて、激しくまずいリアクションを取ると、ほとんどのオーストラリア人は爆笑する。

話題に行き詰った時の格好の材料である。

べじまいと




そーめん、そーめん、そーめん

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だって夏なのだ。暑いのだ。ソーメンだ。
すするしかない。鰹だしにまみれるしかない。あのそーめんがのどを通っていく快感で、乗り切るしかないのだ。
フォークで食べてもいいのだ。
枝豆を入れながら、食べてもいいのだ。
なんでもいいから、すするのだ。

そーめん


ということで、SJEC(シドニー日本語福音教会:毎週日曜午後奉仕中)の、青年会?(young adult bible study)
主催のソーメンパーティーを開催。
シドニー在住・滞在の日本人、そしてその関係者や、その関係者たちが50人が集合。いやあ、集まる、集まる。そして茹でる、茹でる。

証しあり、メッセージあり、質疑応答ありの2時間半。楽しかったです。

「いやあ、牧師さんってもっと神聖な感じなのかと思っていました笑。」
と嬉しそうに話してくれたシドニー大の日本人学生たち。
いったい、なんなんだ…笑。

しかし彼らの何人かが、日曜日の礼拝にも参加。嬉しい限り。

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心に響く味…。

オーストラリアの外食は、極めて高い。
「外食をするなら、気合いを入れて高いものを行こう。その代わり、普段は家で食べようよ。」
といのうが理由らしく、外食産業は高級なところしか発展しなかった?らしい。

しかしここはシドニー。大都市である。しかも移民の町である。
世界中からいろんな民族がこの国に集合している。
通りを歩けば、メキシコ、韓国、中国、インドネシア、ロシア、ギリシャ、レバノン料理…。と何味なのかも想像できないお店が揃っている。

これらの料理はレストランと呼ばれる場所に比べると少し安い。
と言っても、それでも大体1000円前後は必ずする。学生の身分としては、一回外で食べる時には、相当用心して食べないといけないのだ。

もちろん日本食も沢山あるが、まがいものが多い。いや、多すぎる。
先日ついに誘惑に負けて、とんこつラーメンを食べた…。が、しかし惨敗。確実に惨敗。日本円で1000円ぐらい払ったのに、味は確実に日本のスーパーにあるフードコートに負けている…。写真を撮る気もしない味。


しかし、しかし、圧勝する料理に出会えた。
ベトナム料理である。フォーである。フォーと春巻きである。フォーと春巻きとチキンの素揚げである。

フォーは、うどん?沖縄のそーきそば?を思わせる優しい麺である。
柔らかくとも決してだれてはいない米粉の麺と、くどさがなくただ麺を包み込もうとする意志だけが存在するスープが、この国の人は全員優しい人なのではないかと思いこませるほどの丼。


さらに酢を利かせたタレ(あえてソースとは言いたくはない)が、抜群の相性の鶏肉のから揚げと春巻き。


前述のタイ料理に続いて、ついに2勝目。


ベトナム料理


会議2

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NTE会議で考えたことの2つ目。

9時始まりで、2時終わりのこの会議。
議案は昨年のNTEの評価を行い、今年のNTEの方向性を固める大物議案ばかり。

しかし9時から10時半まで、1時間半は、
・どのように救いに導かれたのか?
・自分の人生で、最大の信仰の危機とは?
・今週、一番大変だった仕事は?
・普段、休日は何をしているか?

をじっくりと、ゆっくりとお互いのストーリーに耳を傾ける。
Getting to know the TEAMという時間。

ある人は、「そんな回りくどいことをせずにとっとと議事を進めた方がいい。」と言うだろう。
「忙しい中、遠くから来ているんだから、やるべきことをやりましょう。」

そしてビジネスとプライベートを分けて考える。
会議はいつもビジネストーク。

そして長年一緒に奉仕をしていても、実はその人がどのようにクリスチャンになったのか、を知らないままの付き合いが驚くほど多い。
そして会議に出席しているメンバーの一人が、深いところでどのような痛みを抱えながら生きてきたのかを知らないまま、無神経は発言が会議中を飛び交うことがどれほど多いことか。


キリスト者にとって会議とは、エルサレム会議に見られるように「聖霊と私たちは…」と告白する信仰の事柄。
ビジネスも個人の信仰も一体となった告白に関する事柄なのだ。

だからこそ、キリストの体を建て上げる時間が大切。
お互いを知り合い、お互いの発言の向こう側にあるストーリーに思いを馳せながら、一つ一つの発言に耳を傾け、互いに会議(交わり)を作り上げていく。

この姿勢と、ここに時間をじっくりとかけた経験が、直前に急ピッチで物事を進めていかないといけないときの信頼関係の基礎となる。
ビジネスに追い込まれ、チームが危機に瀕したときも、助けあうことのできる交わりの基盤となる。



IFESのどのムーブメントに流れている人格的な交わり。



ナショナルオフィス

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↑のロゴは、AFES(オーストラリアのKGK)のロゴ。

今日は、ナショナルオフィスに来て、昨年末のNTE(全国学生訓練会:ナショナルトレーニングイベント)の評価と来年のNTEの立ち上げ委員会に参加。

ここには総主事をはじめ、AFESのシニアスタッフが集合。
特にこの日は、総主事のRichard Chinと、留学生伝道の責任者のマシューミークさんに挨拶するために、参加(二人ともいつもはシドニーから2時間ほどのウーロンゴンに住んでいる)。


興味があるのは、総主事と事務局長、シニアスタッフの距離と信頼関係。
40代半ばの総主事と、60歳近い事務局長、それを取り囲む30代から40代のシニアたち。

総主事はAFESの運動の全責任を負い、理事会に、学生たちの活動と、人事と財務の報告をする。
AFESの理事会は、総主事の全権で行ってて、事務局長は書記に徹する。しかしアドミニ関係は、総主事は事務局長に全幅の信頼を置いて委ねている。



会議に出ていると、議事録では見えないことが見えてくる。

誰の発言が会議の流れを作っているか、誰が口を開くと全員がその方向を見るか、誰が会議の中で全体のバランスを取ろうとしているか、誰が和やかに会議が進むように積極的に助けようとしているか…。
さらに、発言に重みがある人物があえて言葉を発せずに、若いスタッフが話せる空気づくりに仕えている様子や、次の世代が責任を取ることが出来るように育てようとしている意識も、よく見えてくる。
しかし最後の最後は、この会議の全責任を負っている人が誰なのか、会議に出ているとよく分かる。



発言しないで会議に出ていると、自分の会議の時の姿勢を思い巡らし、深い反省をする良い時間となる。


アボリジニの人と共に マイルズストーリー2

ボタニービーチ

「マイルズさん、アボリジニの人たちのことを教えてもらえますか?」
オーストラリアに来て3週間。
「アボリジニについて、どう考えていますか?」と聞くと、ほとんどの人が顔をしかめて「うーん、難しい問題だよね。」と言って、それ以上、話が進まなかった。


するとマイルズさんが連れて行ってくれた場所は、ボタニーBAY。
キャプテンクックが最初に船を降りた場所。青い海と奇麗な湾岸線が広がっている。


そこを前にして、
「実は、ここは僕が育った場所です。」
「僕の父はアボリジニ伝道をしていたのです。」


そして当時、お父さんがアボリジニの人達用の印刷物を作成、開拓伝道した教会へと連れて行ってくれた。
「この教会の後ろの草原で、僕はアボリジニの子供たちと一緒になって遊んでいたんです。」


「でも、それは普通のことではありません。」

「オーストラリア人の50%は、アボリジニのことが嫌いです。彼らの存在に反発感を持ち、政府の対応に怒りを覚えています。残り50%は、罪悪感を感じています。しかしどうすればいいのか分からずに困惑しているのです。そして政府に働きかけ、政治的解決を図ろうとします。」

「でもかつてアボリジニの人たちに強いお酒に覚えさせ、土地を奪い、生活を奪い、彼らにとっての生活スタイルを変化させたなかで、お金をアボリジニの人達に供給することは、働くことをせずにお酒に走る悪循環を生んでいます。」


「僕は政治的な解決ではなく、一人一人の人格としてアボリジニの人と生きることだと思うのです。」

「でも、オーストラリアの人にとって、それは簡単なことではありません。」


「だから僕は僕だから出来ることを、丁寧にやるつもりです。」


そして今マイルズさんは、自分の所属する教会の礼拝の前にアボリジニの教会に行って、教会学校で奉仕をしている。
それも毎週である。



本当に、本当に凄い人なのだ。


オーストラリアで出会うマイルズさんのストーリー。



マイルズファンの卒業生達にも聞かせてあげたい。




最後に、マイルズさんとシドニー大学の2年生になった息子のトビー。



マイルズとトビー

フィル・マイルズという男

マイルズ1


「おおしまさーん。げんきですかー。」

携帯電話から聞こえてきたのは、フィルマイルズという男。
かつて関西地区KGKでグラハム・スミスと共にKGK学生を愛し抜いてくれた伝説の宣教師。この人が残した伝説は数知れず。

全国主事会であるテーマが問題になって、議場が紛糾。恐ろしく緊張感に満ちた議場に、総主事が30分間の休憩を宣言。
誰もが言葉を発することのできない重い空気が立ちこめる中、彼はすくっと立ち上がり、

「ボクとMrビーンを見る人?」

天才なのである。

大学では哲学を専攻し、今は宣教師を引退して、画家デビュー。

凄い人なのである。



そのマイルズさんが週末、シドニーに出てきて食事に誘ってくれた。
「ご馳走しますね」と連れて行ってくれたお店は、トルコ料理。
食べきれないくらい注文してくれ、大歓迎してくれたのはいいけれど、お金を払う時に
「おおしまさん、少しお金が足りないよ。」と困った顔に。
慌てて自分の財布から、足りない分を出す。


やはり興味の尽きない人なのである。(この後、ガソリンを入れた後にお釣りを全部ポケットに入れていたことに気が付き、きちんとご馳走してくれました笑)


そして食事をしながら、トルコ料理にした理由を話し始めてくれた。
神学生時代、ずっとトルコ人伝道がしたかったこと。
一人のトルコ人の男性の救いのために、祈り続け、言葉を学び続け、救いを求め続けたこと。
でも、トルコ人伝道に道は開かれず、日本人宣教へと方針を変えたこと。
必死に日本語を学び始め、日本での生活を始めた頃のこと。
日本での生活で苦労した日々、病気になったこと、行き詰ったことなど。
でもKGKの学生を愛し、愛し、愛し抜いたこと。



日本では聞けなかったマイルズストーリー。




家族を連れて海を渡り、海外の魂の救いのために、人生を捧げる宣教師。


この献身によって、私たちに福音が伝わった。


KGK運動もいつの時代も、宣教師の献身によって支えられてきたし、今もそうだ。

トルコ料理


神学校の一日。

こちらの神学校の一日の様子。

授業が早い日は、朝8時5分から開始。(しかし、そんな早い授業は取っていないので行かない。)

そしてチャペル(礼拝)が9時5分から9時55分まで。神学生が400人弱一斉に集合。
教授たちが順番にがっつり、聖書講解。(やっぱり聖書神学がウリだなあと思うほど、釈義が丁寧。)
しかし賛美は驚くほどカジュアル。ワーシップリーダー(4年生で、最近友達になった)作った賛美やオーソドックスな讃美歌をアレンジして、フルバンドで賛美。アングリカンチャーチの若者離れに対して、真剣に取り組む教会と神学校の気迫も感じる。特に歌われるワーシップソングの歌詞には強い神学的な基盤がある。

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そしてそのあと、オーストラリア文化。モーニングTEA。
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この場所に、この後400人の学生と教授が押し寄せ、がっつりとコーヒー、紅茶、そして山盛りのケーキをほおばる。(この国は、朝食と昼食の間にモーニングTEA、昼食と夕食の間にアフタヌーンTEA、そして夕食後にサパーと一日6回何かを食べている。)


そしてこの後、授業再開。

月曜日は「聖書神学」の講義。この学校のウリの授業で、1年生の一番最初に聖書神学の基礎部分、その思考方法、構造を叩き込む授業。この人が教授。
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顔はいかついが、わかりやすい英語で話してくれるのでいい人だと思う。(最近、わかりやすい英語だと良い人だと思うのが悪い癖だ。)
今年の1年生は100人ほど。レクチャールームが満員である。いつも隣になる学生も優しくて、心強い。

その後はランチ。食堂は各学年がそれぞれ違う時間で入れ替わりに食べて、授業へと去っていく。

他にも出ている講義は、倫理学関係。
もともと日本の神学校でもずっと関心を持ってきたところは、組織神学と倫理学の間(文化論)。
教義学的告白が日常の生活にどのようなパースペクティブを与えるのかというのが関心事。
ここでの倫理の授業に出ながら興味深いのは、今まで学んできたダッチリフォームド(オランダ改革派進学)に基礎を置いた神学と、イギリス系聖書神学に基礎をおいた神学との違いを肌で感じるところ。
「ああ、そこでこの聖書箇所に急に戻ってくるわけね…」と思いながら、頭の中は今までの自分の神学的思考パターンとぐるぐると対話をしつつ、講義に出ている。

倫理学関係は、基本的に下の先生の授業を追いかけようと思って、中心的に授業登録を行っている。
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しかし火曜日の倫理Ⅲの講義は、この教授は最初だけ挨拶すると、どこかに行ってしまい、その後現れない。そして他の先生へとバトンタッチ。
「えーっ」と思っている間もなく、知らない教授(もちろん同じ大学の教授だが)の授業がスタート。
しかもこの倫理の講義というのは、途端に使用している言葉が激しく難しくなる。しかも、聴きとりにくい。1回目に出た時は、授業メモがUPされていることが分からず、授業中何度も何度もバキバキと音がするほど心が折れた。現在、No1天敵キャラ。

その外には、校長のこの人。教義学関係の授業である。
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日曜日の午前中に行っている教会のメンバーで、いつも気にかけて声をかけてくれる。いい人なんだろうと勝手に思っている。ただ教義学関係の授業は極端に少ない。神学校の力のいれどころが良く分かる構成。


基本的に授業は、午後2時から3時までで終了。

午後は、PhDルームに行って翌日の予習をするか(WEBサイトに翌日の授業の講義メモがUPされ、ダウンロードして準備する。)、説教準備をしたりする(日本語福音教会の礼拝説教、もちろん日本語。)。
そして天気のいい日はたまに外でやったりもする。
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PhDルームの自分用デスクの隣の人は、UKから来た女性。ロンドンで女性に対する伝道の働きの責任を持っている人。
何とロザンヌジョーンズ(1997年にKGK同期入社?した宣教師)の大親友らしく「ロザンヌからあなたことの聞いていたわよ!」と大歓迎。いくつか授業がかぶっているので、仲良くさせてもらっている。

後ろのデスクは、ウガンダから来た神学校の教授。博士号論文を書くためにひーひー言っている。この人のリアクションは大きく声がでかい。他の人の邪魔にならないかひやひやしながら、いつも話している。

PhDルームの学生たちは、通常、水曜日に合同祈祷会を持ち、一緒にランチをする。このあたりが研究機関でありながら、非常にあたたかい交わりと祈りを大切にしているシドニーアングリカンのエバンジェリカルな空気感である。
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そして6時過ぎに帰宅。


そして8時過ぎには、毎晩脳みそが沸騰している。


今のところ、これが毎日。



おとこたちの正直な交わり

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今回のテーマは、「男たちの直面する誘惑」と、特に「性的な誘惑」に焦点をあてて、ど真ん中からこのテーマに向かい合う。
そして2人の説教者の言葉も、一切の回り道がなく、変に回りくどく語らず、直球勝負。
「何歳になっても、性的な誘惑はありますよね。まさか無いなんて言わせませんよ。」
「ポルノとの戦いはリアルな話です。牧師であっても…。」
と包み隠さずに、問いを投げかける。

KGKで男性合宿をやる時も、こちらが「どこまでさらすか・・・」が勝負。
すでに答えは、みんなが知っている。

でも、そこに生きていけなくてみんなが葛藤している。
あるいは葛藤することをやめて、開き直ってしまう。

しかし、聖書がどう言っているのか、本当に生きていける道筋が聖書にあることを知るとき、きちんと立ち上がれる。

この集会の良かったところの一つは、4回の説教の全部が講解説教であったところ。
創世記3章、第二サムエル記11章、1コリント10:1-14、オバデヤ書など様々な箇所から男性の抱える「誘惑」について語られ、またいくつかの問題提起では、高慢、プライド、強欲<所有欲)、依存症についても、聖書をベースに語られた。
ある人のいい経験談では終わらないところがいい。


しかもさらに良かったところは、決して感情的に迫りに迫るのではなく、普通に、当たり前のこととして聖書からチャレンジされたことだ。
ある一瞬、すごく感情的に悔い改めても、すぐにその感情が冷めれば、再びあの罪の場所に舞い戻ってしまう。


大切なことは、

自分の抱えている深刻なテーマに、正直であること。
向き合っている罪の現実を、きちんと認めること。
自分の弱さを認め、助けを求めること。
自分の弱さに開き直らずに、変えてくださる神の恵みを信じて、聖書から学び続けること。

だ。



集会終えて自分の遣わされた場所へ帰っていく後ろ姿は、誘惑に満ちた地上に、神の国の建設をを諦めない信仰が満ちていた。


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