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KGK大嶋重徳主事の巡回日記

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師匠2 説教合宿

変わらないM先生の迫力と情熱がそこにはあった。


圧巻。


その言葉に尽きる。いやむしろ神学校の時よりもノッている。神学校の校長の時に、「説教というのはね。群れがないと説教じゃないんだ。だから教会という群れのない私の説教は今、説教じゃない。」そして今、校長を退職し、四国の小さな教会の牧師をしているM先生の説教は、聴いていて高知の土佐の教会員の顔が浮かぶ説教だった。その一人一人の顔を思い浮かべ、説教の言葉が紡がれている。
お聞きしたその説教はあざやかで、そして実に喜びにあふれていた。

実は今回のM先生の上京は、同盟基督教団の有志の先生方の説教の勉強会があったから。
今回、先生方のご厚意で、群馬の安中でもたれた説教合宿に加えて頂いた。そこでなされた講演題は、「神の国の前衛としての説教」四国の高知土佐の小さな教会、しかしそれは神の国の最前線の行為だと、胸を張って語る師匠は格好良かった。神学校で教えてくれた説教者の生き方を、今、胸を張って実践している。
「わたしは全然、落ち込んでいないし、下を向く気もしない。ここは神の国の前衛なのだ。」
そして先述した、説教音源をみんなで聞いて、レスポンスをした。すごい豊かな時間。宝の時間だった。



1泊2日の説教合宿。
思い違いをしそうになっている自分にも気がつかされた。
そこは砂漠のオアシスのように渇いた自分の心が潤されていった。



そして思った。
これまでの方向は間違っていなかった。
このままでいい。このままきちんと学びつづけ、このままきちんと説教に命をかけ続け、このままきちんと自分の罪を悔い改め続け、このままきちんと委ねられた群れにいのちをかける歩みをやめないこと。




繰り返していくこと。その歩みを止めないこと。


これが大切。


そして師匠は、高知のご自分の群れにさっと戻っていった。
「じゃあ、がんばりなさいね。」



はい。頑張ります。素直にそう言える自分がいることが嬉しかった。

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KBC準備委員会のブログ開始!

KGKの夏の風物詩。夏期学校の一つがCSC(クリスチャンサマーキャンプ)と呼ばれるようになって10数年。
そのCSCが昨年からKBC(KGKバイブルキャンプ)と呼ばれるようになった。
学生の回転は速い。「へえええええ、CSCってあったんですかぁ!?」

その準備委員会のブログが開始。
テーマは、
Keep Running ~大胆に恵みの御座に近づこう~テーマ聖句は、ヘブル書12章1節。
ヘブル書の聖書講解がなされるそうだ!講師も期待大!
是非、このブログを読んでくださっている卒業生も、教会の学生にお勧めください。

是非、ブログチェックを。
きいぷ らにんぐ?

ちなみに僕はもうすでに「蒙古タンメン中本」には、3回ぐらい行っています。
3回とも汗だくです。

師匠1

僕には恩師がいる。何人かいるが圧倒的な存在に3人の師匠がいる。
僕の伝道者人生、この人たちに憧れてきた。

そしてこの日再会できたのが、M師である。神学校時代の校長。
M先生の存在は、僕の人生を引っ繰り返してくれた。
勢いとフィーリングの近さしかウリがなかった僕に、神学的思考の道筋を作ってくれた。神学校の講義は毎回が神礼拝であった。伝道者として枯渇していた自分に、神学者として生きるキリスト者のあり様、ものの見方、いや生き方を教えてくれた人である。
神学生時代、いや卒業後もこの人の説教テープ、講演CD、数々のM師の音源が僕の車の中、あるいはウォークマンで流れ続けてきた。


M先生に、近づきたい。でも、中途半端な距離はとれない。何しろ質問は出来ない。
いつも、質問をする時は緊張した。
「あなたね。勉強していないことがすぐに分かる質問は止めなさい。」そう言われるんじゃないかと思い、勉強をしていない自分がばれるのが怖かった。
しかし自分なりに考え抜いて、必死でその問いを求めている時、校長宅のリビングは、伝道者として生きる力となり、救いの場所となった。

この日、M先生が東京に来ていると、同じ神学校を卒業した先輩のA先生が声をかけてくれ、先生との交わりの機会が与えられた。

車でその教会に赴くまで、先生との思い出が頭を巡る。

「あなたね。勉強をするのを止めてはいけないよ。勉強を止めた途端、すぐに高慢になる。勉強をしている限り、自分にはまだまだ分っていないことがこれほどもあるのだと、人は謙遜になれる。」
「若いうちから用いられてはいけない。若いうちは必死になって、勉強し続けることが大切。この期間を失ったら、すぐに説教は荒れてくる。」
「どれだけ超教派団体のスタッフで、教会にものが言える人がいる?あなたは教会を建てあげることの出来る言葉を言える働き人になりなさい。10年は続けなさい。そうしたら日本の教会の役に立てるようになれるから。」

憧れの恩師がいることの恵み。
今から恩師に会う。
緊張と共に、早く会いたい恋焦がれるような気もちがある。でも簡単には側には寄れない。

変か?でも変じゃない。
わかるだろうか。こういう男の気持ちって。あるんだよなー。

惜しい!!!伝道訓練会

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奉仕の後、多くの場合は自分の至らなさに落ち込んだり、反省したりすることが多い。しかし数少ないけれども、会心の奉仕というのもある。今回の伝道訓練会がその奉仕。

実行委員会と永井主事と組んでなしたこの仕事は、参加者の前で話している時間も、終わった後も、そして1週間後も、「いい学びだったなあ」と思える時間だった。

で、惜しいのは、なぜか?
参加者が少なかったこと。何も大人数でやることが僕の喜びではない。でも今回の企画は実行委員が練りに練った企画なのだ。どう練ったのか?今までは「個人伝道訓練会」と銘打っていた。それらの内容も素晴らしかった。でもタイトルから「個人」を抜いて、「伝道訓練会」にした理由がある。
それは、私達の伝道は交わりで行う!!!という強い確信に立ったKGKの伝道論を展開したのがこの企画。

「私達は聖研で伝道をしているのか?」あるいは「なぜ、聖研がクリスチャンだけになってしまっているのか?」という強い危機感が今の実行委員会にはある。
だから、各学内の聖研が「伝道聖研」となるように、ノンクリスチャンの友人で溢れる聖研になるために、そして一人で伝道できない・・・と尻込みしてしまう人にも「交わり」の豊かさで伝道が出来るようにと考え抜いで出来たこの訓練会。

いやああ、最初から最後までいい学びだった。
実委の「こんな聖研はいやだ」のスキットに始まり、永井主事のサマリヤの女にイエス様はどのように関わられたのか、に続き、私が通常やっている聖研テキストをどのようにしたらノンクリスチャンとやりやすい聖研テキストに改良できるのか?という展開に続いた。

そしてこの日のキーワードはガヤ芸人。ガヤとは、わいわいガヤガヤのがや。
明石家さんまが雛壇芸人と呼んだ若手から中堅のバラエティー番組を盛り上げる役どころの芸人のことをさす。
聖研内の司会者を助け、より本質に入っていくための、「問い」を聖研に放り込み、未信者の参加者(番組初登場ゲスト?)の発言に真剣に耳を傾け、そして自分をさらしていける存在。


いつかこの学び、もう一度どこかでやりたいなあ。
永井主事とそんな話をしながら、「惜しいなあ」ともう一度思った。
伝道訓練会は7月にもう一度ある。

宿題は、作った聖研のテキストをノンクリスチャンの友達とやってくること(誰かに貰ってください。)
そして自分の救いの証を書いてくること。A4,1枚。5分から7分程度。
そして夏期学校に誘ってみること。

この3つです。
宿題をして、次回は是非ともご参加を。

インタビュー

KGKの卒業生や、KGKの支援者にはお送りしている会報誌がある。その名はコイノニア。
このたび、レイアウトが全面改定する。(欲しいな、と思われる方は是非ともKGK事務所にご一報を)

今回の変更点の目玉企画は数あれど、やはりコイノニアの硬派なところは「学び」の紙面の充実しているところ。
新しい紙面の第一弾では、卒業後のKGK卒業生の霊的な生活のリアリティを分かち合う座談会、そしてその座談会を受けて、元KGK総主事、さらには元IFES副総主事、さらには現CLSK主事の太田和功一さんにコメントを頂いた。

そして今日のインタビューは、コイノニア第二弾(9月発行)の記事のインタビューを行ったのだ。

痺れた。

言葉の端々に、人生を停めないといけないと思われる言葉の数々。

少しだけ、その言葉を分かち合う。
「神との深い交わりとはどうなることだと考えておられますか?」


「では質問です。深いとは、どんなことをイメージしていますか?」

「私達は「神との深い交わり」というある幻想的なイメージに縛られてはいることが多いと思うのです。」


「では、では、太田和さんはどう思ってらっしゃるんですか?」

「より自然な交わり・・・になることですよね。より人間になるということでしょうかねえ。」



どうぞ、インタビュー記事、お楽しみに。

金沢ツアー3

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日曜日、聖書講演会。
罪と十字架を語る日。罪と十字架を語ることは、説教者に重い。十字架の説教は間違いなく恵みでありながら、重いのはなぜか?

それは説教者の罪が問われるから。一瞬でも自分の罪を後ろに回して語ろうとするならば、その説教は軽い。耐え難いほど軽い。それを説教者は知っている。少なくとも自分は知っている。この仕事をしてきて13年。自分の罪から逃げた説教の軽さを、嫌と言うほど知らされてきた。
十字架の説教は怖い。自分の罪から顔を背けようとする自分がそのまま出る。十字架に生きているかどうかの自分がそのまま出る怖さが、説教にある。

でも、でも、だからこそ説教者は、週ごとに十字架の前に立たされる恵みを味わえる。
どんなに自分自身が脆くとも、危うくとも、自信を失ったとしても、説教のたびに十字架の前に立たざるを得ない。立たされるめぐみがここにある。
どんなに苦しくとも、その先にある十字架の恵み。


説教終了後、恐ろしいほどの消耗が体を襲う。
そして恐ろしいほどの赦しの臨在が体を包む。
あとは聖霊なる神がなさることに全てをお委ねするだけだ。いのちの泉を与えることの出来る唯一の神の御手にお委ねすることができる。


だから僕は説教が止められない。

金沢ツアー2 スーパーサイヤ人の祈り

金沢での聖書講演会、第一回の夜が終わった。多くの方が参加してくださった中で、大学生らしき二人が真剣に話を聞いてくれているのを、説教中も気づいていた。
何人かの方とお話しした後、「はじめまして。」と声をかけた。
「学生さんですか?」
「はい。」
「どこの?」
「K大学です。」
「あーそうなの。聖書研究会って行ったことある?」
「はい。私達がやっています。」
「ええええええええええええええええええーーーーーーーー、あの!!!!!!!」

ご存知だろうか。K大学KGKは先輩のクリスチャンが卒業した後、ノンクリスチャンの学生二人で聖研を続けているのだ。そこには主事の卒業生の助けがある。しかし、聖研の実質を担っているのは彼ら二人。

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彼らはクリスチャンの先輩が卒業しても聖研をやめなかった。「なぜ?」「面白いから。」この日も当たり前のようにそう答えてくれた。



T主事からも、N主事(元K大卒業生、現関東地区主事)からもこの話は聞いていた。そして彼らが作った新入生勧誘のチラシのことも。
以下、チラシの原文そのまま。


こんにちは。はじめまして。
突然ですが、あなたは神様を信じていますか?
私は今のところ信じることが出来ません。
けれど、世界には神様を信じている人がいます。
この大学にも、お隣の大学にも、実はいます。
それから宗教はちょっと、という人もいます。
嫌いだ、という人もいます。
好きにやっている分には構わないけど、
こっちを巻き込まないで、という人もいます。
いろんな人がいて、
いろんなことを言っています。
でもやっぱり、自分で確かめるのがいいと思うんです。
新しいことに首を突っ込んだり、これまでを振り返ったり、
そんなことをしたくなったら、ちょっと顔を出してください。
神様を信じていなくても、何だか面白くなるかも知れません。



このチラシを作った二人が、K大の新入生歓迎会でチラシを配布した。卒業した先輩達も、このチラシが用いられ、聖研に加わる新入生を祈り続けていた。

そして祈りの答えがこの春にあった。

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クリスチャンの新入生が入り、聖研は3人に増えた。K大KGKは歩みを止めない。
「なぜ?」「聖書が面白いから」







「ところで、N主事って学生時代どんなだった?」
「はい。スーパーサイヤ人みたいな髪型でした。」
「うん。今もそうだよ。」

浅田主事のブログ開始!!!

浅田美由紀主事のブログが始まりました!!!!

是非とも土の器をごらんください。

早速、千葉の某大学で祈り会が始まったようですよ。

新主事研修:現代学生事情 またもや荒井さんが。

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KGK事務所にHIBAの彼が来た。荒井恵理也さんである。新主事研修の講師としてお迎えしたのだ。テーマは現代学生事情。
高校生伝道のエキスパートである彼が現代の若者事情をどのように見つめ、どのように高校生に関わることを大切にしてきたのか、をこの日彼から学ぶ。新主事だけではなく、関東地区の主事たちも全員集合。
HIBAで育てられてきた学生がKGKに送られてくる。どんな思いでHIBAのスタッフは祈りながら高校生に関わってきたのかを知ることは、KGKの学生達をより深く知ることに、もっと愛することへと繋がっていく。

講演は、彼の高校生への愛が詰まった内容。そしてそれはKGKの主事たちにも共通のものだと思わされた。16-18歳の高校生伝道と、18-22歳の大学生伝道の方法論は違うけど、関わり方にも違いはあるけれど、委ねられたある青年世代への伝道と信仰継承、訓練の課題は変わらない。
尊敬できる同じ学生伝道の使命を持った同労者の言葉を聞くことができるのは、ああ幸い。


この日、初めて彼のネクタイ姿を見た気がする。

金沢ツアー1

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土曜、日曜で石川県金沢での聖書講演会。

金沢を離れてはや3年。しかし3度もお招き頂いてしかも家族同伴。誰も知り合いのいない金沢での主事生活を守り支えてくださったのは、この教会の交わり。年間100日は泊まりの仕事をしていたこの頃・・・(今は少し減りました。)、夏は未亡人かと言われるくらい家を離れて奉仕三昧。しかしこの教会で我が家はあたたかく包まれて、妻も子どもものびのびと金沢ライフを満喫していた。

今回急遽、教会で昇天された方の葬儀が入り、予定していた教会での宿泊が出来なくなった。すると教会が兼六園近くのホテルを予約。金沢でも老舗の風格あるホテルに子ども達は大興奮。

特にこの豪華な雰囲気が嬉しい娘にとって大喜び。

「お父さんが一生懸命お仕事してくれるから、泊まれたんだよね!!!ありがとう!!!!」
と親父の株も上がりっぱなし。

いつも良くして下さるこの教会で、これから3回に渡って伝道説教。



さてどうなるか?

説教演習:新主事研修

ボクら説教者は、説教後「いいメッセージでした」と言われるか、「・・・」で前を通り過ぎられるかのどちらかの反応しか帰ってこない。
「説教わかりにくいです。」という言葉は、ほとんどの場合自分の知らない場所で言われているか、もしくは面と向かっていわれる場合、それはほとんど関係が終わりに近づいている場合だ。

説教者の召しにあずかるものとして、互いに説教を学びあう。そして信頼できる交わりの中で、本気で互いの説教を磨きあうことが大切。KGK主事会が大切にしてきた説教への姿勢。
関東地区主事会でも、年に2回は必ず説教演習を行っている。毎回お題(前回のお題は、礼拝説教で招かれて伝道説教をする。牧師が5人も参加)を決めて牧師を招いたり、外の風も入れながら説教を磨きあう。

今回は、新主事研修中のプログラム。新主事たちが先輩主事の前で、学生の前でするという設定で、説教を行うのだ。今回のメンバーは3名。主事歴10年弱のつわものと、牧師歴もあるつわものと、関西新進気鋭のGAである。
課せられたお題は、「学生主体」を講解説教で。どこの聖書箇所を選ぶのもその説教者の信仰、神学、主事論が出てくる。一人30分程度の説教に、45分ぐらいのレスポンスを行う。

実はレスポンスするのは難しいというのをご存知だろうか。
「わかりにくいメッセージだった」と言うの簡単なのだが、何が分かりにくくさせているのか、その原因と問題の正体がどこにあるのかを発言しなければならない。そしてそれを徳を高める言葉で、説教者にも聞きやすい言葉で誠実に、本質をついたレスポンスが求められる。実は説教演習はあの場所に参加して座るだけでも、とても勉強になる場所なのだ。

4時間で3本の説教を聞いた。どの説教者も学生伝道の召しにあずかった神の選びのなかにある器だなあとしみじみと神様をあがめた。よき説教者集団としての主事会が、学生に向かって神の言葉を間違えることなく、あますことなく語っていくことが出来ますように。

写真は終わった後、安堵の顔をしている関西の中谷GA。

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