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KGK大嶋重徳主事の巡回日記

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設立記念礼拝で

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この日は西船橋にある教会でのご奉仕。
教会設立記念礼拝でのご奉仕とあって、緊張気味で駅を降りた。いつもしていることだが、ほぼ30分から1時間ぐらい前には最寄駅につき、近くの喫茶店で最後の説教準備と祈りの時間を持つ。

外は吹き付ける強い雨が降っている。二階から外を見ながら、今日の礼拝のことを思い描く。この地で宣教が始まり、39年の歴史がある教会・・・。元KGKの総主事が開拓を始められ、今はHIBAの代表が牧会をされて今に至る。
二人の巨人が語り続けてこられた講壇にあがり、説教をする。
教会の歴史のなかに連なる喜びと畏れ。

約束の時間が近づき、傘を開く頃になって、ようやく心が定まった。
どの教会の奉仕に向かう前に、必ずすることにしている私自身の大切ないつもの時間だ。

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一件、お知らせです。
8月第二週にあるEMFキャンプのご案内。
EMFとは、医師・看護師・ケアマネージャー・医学看護学関係者・介護や福祉の専門家など広義の医療に関わる方々のフェローシップ(交わり)です。

お近くの医療系の学生さんや、上記に該当されるかた、是非是非、お申し込みください。
ちなみに講師は、私がつとめます。「主の祈り」の連続講解から、祈りを一緒に学び、実践したいと思います。


第44回全国医科系合同聖書研究会・EMF summer camp 2009!!

日時:2009年8月10日(月)~13日(木)
場所:日本YMCA同盟国際青少年センター東山荘(静岡県御殿場市)

テーマ:祈り~あいのコミュニケーション~

テーマ聖句:「そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来て私に祈り求めるなら、わたしは聞く。私を尋ね求めるなら見いだし、心を尽くして私を求めるなら、私に出会うであろう」
エレミヤ書29章12~14 a(新共同訳)

くわしくは EMFホームページ→http://www.emf.jp/index.html

キリ神チャペルとTCUでの講義

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4月に入学式に参加したキリ神チャペルで、説教奉仕の機会を与えられた。
神学生時代、思い出すのはチャペルの時間。
授業の合間、すべてを置いて礼拝に身を投じる。今学んでいる全ての時間は、この礼拝へと向かっているのだと神学校全体が告白しているようだった。

チャペルが始まる10分前から続々と神学生が集まり、誰一人話しをすることなく、沈黙のなかで祈りをなす。響いているのはオルガンの前奏だけ。
過去最高の学生数となった数十人の神学生が一堂に集まり、御言葉に集中する姿は、日本宣教に今から遣わされる者達の気迫を感じる。

20数分の説教であったが、語りながら喜びが溢れた。自分自身の神学生時代を思い起こし、ここでひたすら神学のものの見方を覚え続けた至福の時間が甦ってきたからだ。
チャペル後、神学校の校長とKGK卒業生の神学生たちと一緒に昼食を食べ、午後はTCUでの講義までの時間、キリスト教史の授業を聴講させていただいた。短い時間ではあったが、内容の濃いよい学びの中に身を置けたことが、自分の伝道者人生の出発点にあったあの緊張感を取り戻すことが出来たように思えた。

その後のTCUでの2コマの講義の最中も、このよき余韻が体を包み、嬉しく楽しい時間となった。

世界宣教合宿

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世界宣教合宿・・・。
6月にもたれた企画であるが、後世にも残る良い企画であったのではないかと思う。
昨年の世界宣教合宿(ミッションナイト)の講師であった私と当時の世界宣教委員会が結果として、一つの評価をくだしたのは「座ってなす学び」の限界であった。
その反省と評価にたって、今年の世界宣教委員が取り組んだのは「対話」というテーマ。1泊2日の合宿の参加者は20名の精鋭のみ。
初日の夜に、韓国人の宣教師をお招きし、戦時中に犯した教会の罪責、侵略戦争の実態をお聞きした。そして日本宣教20年なさってこられた経験から語られる「日韓のキリスト者の今後の展望」。そして夜はグループでの分かち合い。
翌日は、4教会に分かれて韓国人牧師の牧会される教会を訪問し、そこで先生のお話を伺い、KGKの学生も以前から考えてきたこと、昨夜学んできたこと、そして今、先生がお話くださったことに一人一人がレスポンスをする。その後、事務所に帰ってきて、グループでの分かち合い。最後は、在日韓国人3世で在日大韓教会尾で牧師(私の友人)している方にメッセージ。

参加者たちが問われたのは、韓国人牧師との対話、さらにグループにおける交わりの中の対話(韓国人留学生も含む)、さらに何よりも自分との対話が問われていた。

このテーマを取り組む時、起こってくる感情は、過去の歴史的事実の重さに直面し、「自分に一体何が出来るのだろうか」と途方も無くなる思いだ。あるいは以前、真剣に取り組もうと思いながらも、それから随分たってしまい、「自分は何も変わっていない」という自分への失望だ。しかし、そのように自分の中に起こってくる感情とも「対話」する必要がある。

口を開き、自分の考えを言葉にするのに躊躇が生まれる。「自分に何が言えるのだろうか」という思いが湧き上がって来る。けれども、そんな自分と交わりを持つことを諦めず、目の前には交わりを持とうとしてくれるアジアの兄弟姉妹が居て、韓国人の牧師が交わりをもってくださろうしてくださる。

そしてそんな私達であっても、主は「平和を造るものは幸いだ」と、私達を「平和の造り手」として召してくださっている。その召しに答えたいと思うし、今回の参加者は一人一人、勇気を振り絞って、この召しに答えようと頑張った。

この企画の準備は、大変だった。しかし大きな意味をもたらしてくれた企画であったと思う。

写真は、訪問教会で出してくださったお昼御飯のチジミ。絶品であった。



主事会運営委員会

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主事会運営委員会・・・。
起きている時間は、食べて、風呂に入る以外は全て会議というタフな仕事。
東久留米にある某団体のゲストハウスをお借りして、2泊3日会議の缶詰。
KGKの方向性、人事、財政、働きの根幹部分となるテーマについて数十ページにわたる議案書をこなしていく。

このような会議をつくることの大変さは計り知れない。
この会議のリードをしてくださるY主事の仕切りは実に勉強になる。早く結論へ至ることを急ぎやすい自分自身にとって、重要な審議であればあるほど、2度、3度の運営委員会をまたいで結論へ至ろうとされる。
「大切なことほど、人格的に時間をかけて議論をしよう。急がないことが大切。」

勉強になるなあ。

塚田主事夫人のブログも開始!

北陸の塚田主事の奥様のブログが開始。
主事の日常の風景が見えてきます!!お薦め!
タイトルも秀逸ですねー。

塚田主事夫人の留守番日記

やじまさん

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主事会運営委員会が始まる前夜に、やじま主事と交わりをもった。
スーパー銭湯に入り、つけ麺を食べ、ロイホで話し続けた。

やじま主事との出会いは、学生時代。
93EARC台湾にが一緒に参加したのが最初。帰りの飛行機が席が隣同士で、「大嶋君て、熱いひとだねえ」と言われたことが記憶に残っている。なぜ記憶に残っているかというと、「いやいや、やじまさんの方が相当熱い人ですよ」と思ったからである。今でこそ温厚な雰囲気を漂わすやじまさんであるが、学生時代はイケイケの人であったことは、同時代にKGKをやていた人から簡単に得られる証言である。(ちなみに私の妻も証言者である)

そんなやじまさんと、主事会で同僚に。昨年は一緒にシニアスタッフトレーニングキャンプに参加し、深く、ゆっくりとした交わりを持つことが出来た。丁寧に耳を傾けてくれるやじまさんの存在に大きな助けを得たし、二人で今後のKGKの行く末を話し合えたことは貴重な経験であった。

そのスタッフトレーニングで何度も語られたのが「メンタリングの必要性」。相互にお互いのメンターとなり、主の前に出ることを助け合う存在が、主事という仕事には必要であると学んだ。そして韓国で一つの約束をした。
日本に帰ってからも、お互いの働きを分かち合い、祈りあい、助け合おうと。

それで、この日、スーパー銭湯に行ったのだ・・・。
それが、この日、つけ麺を食べた理由。
そして、またこんな日が取れればいいなと、ロイホでやじまさんの写真をとった。

そしてそのやじまさんがブログを始めた。

GOD WITH US 矢島主事の巡回日記

卒業生たちとの交わり

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ここ5週間連続で、我が家に卒業生カップルが訪ねてきてくれる。結婚を考え始めた二人、数ヵ月後に結婚を控えた二人、お付き合いを始めて間もない二人・・・。
そんな卒業生と一緒に囲む夕食はとても楽しい。この日は鯖と茄子を1cm角に切り、みじん切りにした葱と潰したにんにくをオリーブオイルでゆっくりと炒める。そこへ鯖を入れて、トマトと一緒に30分ほど煮込む。その間に茄子をフライパンで一度焼いて煮崩れしないようにしておく。十分煮込まれた後、茄子を入れ、茹で上がったパスタと絡める。この料理抜群に美味しかったが、鯖の骨抜きをしたりと思ったよりも手がかかる。お客様を迎えるには時間も手間も掛かる料理のため、「もう1回作るのは無いなあ」宣言。幻のパスタとなってしまった。この日のメニューは、他にもしらすをごま油でいためポン酢とあわせたドレッシングをレタスと海苔を散らしたサラダに掛けたもの。そして富山訪問の際に頂いた身の厚い白いかを素焼きにし、塩だけ軽く振った前菜。
美味しいものを一緒に食べると、美味しく幸せな交わりになる。


夏の到来

まじめ

梅雨が明けた。いよいよ夏のキャンプシーズンの到来である。来週週明けに軽井沢でもたれる東京のミッションスクールのバイブルキャンプを皮切りに、9月末まで夏は続いていく。今年のキャンプは7つ。小さな泊りの集会も入れるともう少し増える予定。主事の夏は9月末から10月にかけて行われる全国主事会を迎えたときに、ようやく終わる。
メールに届いた似顔絵は、8月の第二週に持たれるある教団の中高生キャンプのキャンプしおりに載る講師似顔絵。KGKの卒業生がキャンプ準備委員会の一人で、似顔絵の作者。このように卒業後も続く交わり。そしてそのキャンプで始まる新しい交わり「進学したら、KGKで待ってるよ。」この夏はどんな出会いが生まれるのだろうか?

父の日

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父の日。例年変わらずこの日は日曜日。つまり、どこかで説教の奉仕をして帰って来る日である確立が高い。
しかも徐々に暑くなってくるこの季節。「食べたいものある?」と聞かれても、「うん、あっさりとしたもので・・・」と答えたくなる説教奉仕の夕。

家に帰ると娘がトントントンと何かを刻んでいる。
「今日ね、お父さん。私が作るの!」ときゅうりを刻み、薄焼き卵を刻み、ハムを刻む娘。それを見守る妻。それとは関係なく遊び呆ける息子。出来上がりがこれ。「冷やし中華」娘の完全お手製。美しい盛り付けに愛を感じる。息子はお父さんへという手紙をくれる。「いつもお仕事ありがとう。」決して遊び呆けている訳ではなかった・・・。息子よ、申し訳ない。

これでお父さんは明日からも元気に働ける。

北陸地区卒業生会進路セミナー

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早朝5時。目覚ましがなり、前日深夜に準備したキャリーバッグを転がしながら、駅に向かう。今日は午前中に富山庄川沿いの芋煮会場へ。
11時に高岡駅に着くと、T主事がお出迎え。そのまま芋煮会場へ。そこで待っていてくれたのは北陸地区の卒業生達と学生。そして東北地区の山形大卒業生であるK兄夫妻。

K兄と会ったのは、7年前の東北地区男性合宿。当時、1年生だった彼とは違い、風格もある堂々とした卒業生。そして就職のために富山黒部に来て以来、北陸の地に「芋煮」を伝道しにやってきた。あまり手伝い方も分からない?北陸人を背に黙々と芋煮を作り続けるK。
その姿はこの芋煮の「良き知らせ」を知らない人々への熱い祈りを感じさせる。2種類できた芋煮は醤油味と味噌味、そして締めにカレーうどんという芋煮コース料理を食した。うまい。本当にうまい。川原の光景、波立つ川面を見ながらうだうだといろいろな話が広がる。そして鼻腔をくすぐる醤油の香り、そして芋の素朴さ。伝統芸能である。そして何より、忠実に交わりに仕え続けるK夫妻。彼らの背中の美しさは、この「芸」の良き知らせを知らしめる力があった。
しっかりと堪能した後、若干煙にいぶされた体で、教会へ。

今日の本来の目的は、卒業生会主催で行われる進路セミナー。卒業生が現役学生に、「信仰を持って働くということ」とセミナーをプレゼントし、卒業生になっていく準備をする企画。ここで二時間お話した。
終了後、翌日大阪での礼拝説教の奉仕のために急いでサンダーバードへ。車中、一人で話したその内容を振り返ったとき、そのほとんどが忠実に奉仕をしてくれたK夫妻の姿の中に詰まっていたなあとシミジミと思った。
要は、芋煮もまた神の国の建設ということである。


仙台1日出張

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仙台に日帰り出張。どうしてもこの時期に東北地区のN主事とお会いして、詰めておかないといけない会議があり、早朝新幹線に飛び乗る。10時前には仙台駅にいて、10時には会議のためにお借りした仙台北教会へ。東京-仙台間の近さに驚く。東北地区との交流ももっとあっていいかもなあと思う。

さてこの仙台北教会の牧師S先生は、東北地区協力会の運営委員もしてくださり、しかもN主事の出席教会。もっと言うならば、関東地区のA主事が信仰を持った教会でもある。
この機会にS先生にご挨拶をと願い、しばしお茶をしながらお交わり。お聞きすると牧師夫人は津田塾大の木曜礼拝で信仰の導かれ、TCFのメンバーになられたとか。大先輩にここでもお会いする。

10時から18時ごろまで続ける会議。しかし顔と顔をあわせるからこそ生まれる信頼、そして決断。この後、N主事の渾身の議事録と企画書が主事会運営委員会へ提出される。全国を横断して持たれる主事会のチームビルディング。
行って良かった・・・。

ティラナスホールレイマンスクール

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会議の終わりが長引いて、中央線に飛び乗って向かうはティラナスホール。
伝統あるクリスチャン学生寮で、多くのクリスチャン学生がここで学生時代をすごし、そして旅立っていく。
このホールスゴイのは、夏は学生たちを中心に地方の教会へキャラバンへ行き夏季伝道も行う。

今夜はレイマンスクールという神学講座。
いろんな講師をお迎えし、ホール制が毎週学びを行う。今夜も19:00-21:00までみっちりと。

頂いたテーマは「礼拝」。
礼拝の式文を題材に、礼拝とは何か?ということを読み解いていく。
そしてそれが日常にどのような意味を持つか、という学びである。

例えば「前奏」。神の前に静まり、神の御前に出る備えをする時間。この時間が、私達の日常でどこで確保されているのか。
「招詞」。礼拝は神の招きがあって始めて神の御前に出ることが許される。朝「礼拝いこっかなあ!」と自分で決めて礼拝に出ているのではないのだ。神が呼びかけてくださっている。この神の呼びかけが日常においても私達にかけられている。私達はこの神の呼びかけによって、キリスト者となれた。自分の決意や意思を超えて。

礼拝は、全ての生活の中心にあるもの。
その全てがこの地上にある全ての営みの中心に位置する。
例えば、教会における交わりこそ、全ての人間関係のモデルとなっている。
教会政治こそ、世の中にある政治形態の中心にある。
これは傲慢な意味で教会を誇るという意味ではない。教会の営みをそのようにキリスト者は見ているかということが問われているのだ。

礼拝の最後は、「祝祷」である。
あの祝福をもって、キリスト者は世界へ遣わされていく。
祝祷で牧師があげる手は、昇天されるキリストの祝福の祈りを現わしている。
「全世界へ出ていき」まさしく「礼拝から世界へ」私達は遣わされていくのだ。

徳丸町キリスト教会訪問

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尊敬する牧師にお願いすることの一つは、「本棚を見せてもらえませんか?」
本棚にはその牧師の秘密が詰まっている。
説教の言葉、祈りの言葉、何気ない交わりでの言葉の数々は牧師の部屋から生まれている。
そしてその秘密は本棚にある。

昨年のバルメン宣言の学びをしてくださった徳丸町キリスト教会の牧師の本棚は、神学生時代から圧巻だった。
1年生で入学した私に、神学生になるということは「こういう本棚をつくることなんだな」と思わされた本棚であった。暫くその前で立ち尽くし、1.2時間じっとその前で立ち続けることが出来るなと思える本棚であった。

そういう本棚を、関東地区の他の主事にも経験して欲しい、またそれぞれの本棚を形成して欲しい、そう願い、また先生もお招きくださって関東地区主事6名で牧師室にお邪魔した。

本棚をしばし離れた後、奥さまが入れてくださったケーキとコーヒーでお交わり。
そこで先生の説教の葛藤や苦悩についても話をしてくださった。
このような簡単には見えない牧師の裏側を信頼して分かち合ってくださることに、心震えた。
先生の苦悩は、そのまま自分が考えないといけない苦悩で、先生の葛藤はそのまま自分が目を背けている葛藤ではないかと思った。

神学書の前でなす交わり。

私にもあの本棚にははるかに及ばないが、私の本棚がある。この本棚の前で苦悩し、聖書に向かい、言葉を捜し続けてきた本棚である。
ここに今の自分の全ての言葉の源があるのは事実である。


婚約式

T主事とM主事の婚約式。

証人として二人の後ろに立ち、二人の誓約を一番近くで聞いた。
少しうわずる男性の声、緊張のせいか小さな女性の声が聞こえた。

二人が一緒に我が家に来てくれたのはつい先日。
それぞれ別々にいつも面談のたびに、我が家のテーブルでそれぞれの祈りの課題や、仕事の課題を話してきた。その二人が結婚へと導かれた。

嬉しい。
結婚をしたいと願う相手が同じ職場にいるということ。
「こんな職場の人と結婚なんて出来ない!」と思うのではなく、愛と尊敬と信頼がこの職場に生まれていたこと。
二人が思いを分かち合い、結婚までのスピードがアレほど早かったのは、同じ職場で既に生まれていた尊敬と信頼があったから。

最後に、ここに愛が加わった。

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