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KGK大嶋重徳主事の巡回日記

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母の日ディナー

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書くのが遅くなっていたブログ・・・。

母の日である。
今夜の夕食は妻のために腕を振るう。

前日に頂いたお肉(なんという不思議・・・)を、バターソースをかけてステーキ。
コンソメスープで煮て、歯応えを残したカブを付け合せに。
さらに胡麻油でカリカリにしたシラスをかけた水菜とトマトのサラダ。
さやえんどうと卵のスープを添えて、妻の好きな十六穀米を炊き上げる。

こども達は母の日につくった手製のプレゼントを渡し、「母の日~♪母の日~♪」
というオリジナル?の不思議な歌を歌い、携帯のムービーに撮ってとせがみまくる。

夕食中に、実家の母と妻の母に電話。プレゼントは別の日に手渡した。
「いつもありがとう。」

そして妻には
「素晴らしい母親でいてくれてありがとう。」

いつもとは違って腕を振るった夕食。家族の嬉しい時間だ。

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協力者の会

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関東地区には協力者という働き人がおられる。
学校訪問や、ブロックでの奉仕、合宿などでの奉仕を、引き受けてくださる方々だ。

新年度の活動が始まるこの時期、毎年集まり、共に学生達のために祈りあう。

毎年、主事が発題をするのだが、この日は関西からKGKの御大T主事が教団の奉仕で上京。
「出来ることある?」と言ってくださったので、この日の発題をお願いすることに。
そしてKGKの宣教論という題で発題をしてくださった。
この日、集まられた協力者の方々は8名。
学内で学生の側に寄り添ってくださっている方々ばかり。意見交換は自然と熱を帯びる。

主事が毎回に行くことの出来ない学内に、KGKの理念を誰よりも良く分かり、学生の主体性に寄り添ってくださる協力者。
こんな素晴らしい交わりのなか、KGK運動は進んでいるのだ。

第二回夏期準

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今日は役職を決める。

始まる前に「何を希望することにした?」と一人の準備委員に聞く。

「前回の終わりに主事が、『何をやりたいかじゃなくて、このメンバーの中で何を担わないといけないか』を考えろって言ったじゃないですかぁ。だから・・・。」

そう。
自分が何をやりたいか、自分は何が苦手なのか、
言い分はいつも幾つもある。

しかし、この時代の中で、与えられた交わりの中で、何を担うようにと召されているのか。
そのために与えられてきた経験という賜物がある。
あるいはそんな経験が無くとも、自分が担わないといけないならば、神はその賜物をも与えてくださる方だという信じる信仰。

神の召しで奉仕を受ける。
奉仕はいつもこの一点で考えるべきだ。

神様は決して無茶なことや、非常識なことを私達にさせようとなさらない。
神様のあたたかい計画のなかで、私達が一歩先を信仰をもって進むことが出来るような、献身の時を与えておられるだけなのだ。

学内活動セミナー

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学セミというらしい、と某T主事のブログで知った。
当日も知らないまま過ごした学内活動セミナー。ここに40名を超す同労者が集結。
今年の学内活動への具体的なアドバイスや、祈りを一緒に積んでいく。

思い出すこと16年前。
先輩と一緒にピアノの練習室で、初めての祈り会を行った。
自分の意識は窓の外をとおる人の顔・・・。
祈っているとは分からないように、変な風に見られないように、びびりにびびった初祈祷会だった。

しかし、その後先輩が就活中もピアノの練習室へ行った。
満室の場合は外に出てベンチに座って祈った。そのうちに誰が見ていようと関係が無くなった。

記憶に残っているベンチの前に咲き誇るタンポポの花。
神の眼差しのなかで祈る祈り会へと変わっていった。

目を開けると学内が違って見えるのが不思議に思えた。


16年前なのに、つい先日のことのようにあの光景が浮かんでくる。

関東地区新入生歓迎会

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テーマは「話しかける新歓」。
とってもいいじゃないか。

誰も話しかけてくれる人がいない新歓なんて最悪だ。
誰とも知り合いになることもない新歓なんて二度と行きたくない。
何か押し付けられて、挙句の果ては説教までされて・・・、そんなところは誰にも勧めたくは無い。

KGKはやや堅め、そう言われることがある。
そのことには胸を張っていいと思う。真剣に堅いことを考え、その堅さの意味を悩みつつ、考えつつ生きようとすることはこの時代に大切なことだ。

しかし、自らの堅さを自分の中で咀嚼することなく、堅さのなかのあたたかみ、ぬくもり、やさしさを知らずに借りてきた言葉で誰かに伝えるならば、それはゴリゴリしていて、口から吐き出したくなる。

丁度、人参嫌いなこどもに生のスティック状態でKGKを押し付けるようなものかもしれない。
人参を摩り下ろして、ハンバーグに入れてみる。気がつかない内にその甘み、栄養、小さな歯応えを好きになっていく。

入ってもいないものを出すならば、それは参加してくれた人をだますこととなる。
しかしKGKのエッセンスが存分に入っていながら、その魅力を食べやすく紹介することが出来るならば、二度目が口に入る。三度目が口に入る。
現代学生に届くKGK。
準備委員が懸命に模索してつくりあげた地区新歓は、新入生の口に美味しそうに入っていったようにボクには見えた。

新入生は初参加者を含めて、91名。迎えた上級生は81名。
総勢172名の学生達と参加できなかった学生たちが、今度は学内の中で未信者の友人に「話しかける学内活動」を行っていく。

始まる夏期学校準備委員会!!!

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夏期学校準備委員会がはじまった。
第一回準備委員会立ち上げには、昨年同様加わる。
夕食も食べずに集合したメンバーのおなかは限界状態・・・。
そんな目の前で、購入したパンを食べるのは心苦しい。
「これ一つ食べる?」と聞いて、手渡したカツサンド。
しかし彼女は一口食べたあと、会議に没頭・・・。
というか他の人の手前食べれなかったというか・・・。

何しろ真剣な会議なのだ。
「自分の友達を連れてくるために、どんな夏期学校にしたらいい?」
目が空中を仰ぐ。一人一人、自分の友達の顔を思い描いている。

「今、思い描いたその友達の名前は何?」すぐさま聞く。
「○○・・・」
「○○が夏期学校に来るために、どんなことが必要?」

夏期学校が、準備委員のなかで具体的になることが大切。
何か大変な企画の準備をするのではない。
具体的で、人格的な、当日の風景を描けるような、松原湖畔を歩きながら話せる内容を祈りながら、準備をすることこそ、夏期学校準備委員の使命だ。

彼らの中で、何かが動き出し始めた。


事務局出勤

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4月に入り仕事の責任が変わり、週のうち何日か事務局出勤がある。
この事務所で事務局主事として働く二人の女性主事。

二人の優秀な仕事っぷりを目の当たりにすると、出来ない自分に落ち込むことも多々あるが、「持っているものでしか仕事もできない」とやや開き直りの境地に入る。

むしろきちんと助けられて仕事をしていたいと思う。
自分ひとりの限界をよく見極めて、助けられることを喜びとし、
感謝を伝えることを喜びとしたい。

そしてこの職場に「信頼と尊敬」を生み出すことを最大の自分の使命だと思いながら、
今日も御茶ノ水駅の側を走り抜ける。

納骨式

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高尾の霊園に賛美歌が鳴り響く。
教会の墓地に、祖母の骨が納められる。

涙はない。

あるのは再び会える天国の希望だけ。


一年に二人の家族を天に送った義理の父の言葉は、「われらの国籍は天にある」という言葉。

花が綺麗に咲き乱れる春。
復活を待つ喜びの納骨式だった。

主事との面談

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関東地区はチームで働いている。
チームで働くとき、時にチームプレー中は口に出せずに、心に留めている言葉をプレイヤーはそれぞれ心に溜めている。

主事との面談では、その内側に溜めた言葉を聞く時間である。
その主事の持つ賜物から見えている視点を、聞く。
主事それぞれの抱えている不安や将来への展望を、聞く。
現在、深く心の中でうめいている祈りの課題を、聞く。


交わりがたてあがるために、「聞く」ことは大切だ。

以前、このように同僚の言葉を聞き続ける日が来ることを想像していなかった。
そして自分には「聞く」賜物が備わっていないと思っていた。
でも、今、「聞く」ことが喜びとなっている。

信頼しあうからこそ、生み出される言葉を「聞く」ことは、ボクの弱さに光をあてて、同時にその弱さと欠けを助けてくれようとする言葉に出会う。

同労者の言葉に「聞く」こと。
それは主に与えられた賜物の時間である。

牧会塾

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今年の4月から牧会塾に参加。
神学校を卒業し6年。来る日も来る日も、神学書と格闘し続けた神学校での日々。
そして遣わされた学生伝道の現場で、学んだ神学を現場の言葉に届くようにさらに格闘し続けた6年間・・・。

そんな自分自身の歩みをきちんと一度止める必要を、昨年来から感じていた。
受講している牧会塾の講師は、ボクが主事生活を始めた教会の牧師。
その説教に憧れて、説教テープを何度も何度も聞きなおし、
録音された説教を原稿に書き起こし、「なぜ自分はこの説教に捕らえられるんだろう」とその秘密を探そうした先生である。

この学びの時間に、ボクは深く深呼吸をしている。
「自分はなぜこの仕事をしているのか」
「この仕事をし続けることの意味は何か」

先日、講師のS先生がボクに近寄ってきて、「疲れてますね」と背中をさすってくださった。
あたたかいその手に、何だか涙が出てきそうになった。
本当に疲れていた。

そして以前も同じことがあったことを思い出す。

12年前、主事を始めた頃、教会の祈祷会で
「疲れてますね」
とS先生に声をかけられた。
「あれもしなければならず、これもしなければならず・・・大変なんです。」と言うと、

大きな間のあと、
「そうですか。もっと神様を信じたらいかがですか?」

忘れられない言葉だ。


牧師の仕事は、このように寄り添い、神様に目を向けさせる仕事である。
あの頃と何だか変わらず成長の遅いボクと、変わらず寄り添い神様を指し示し続けてくれるS先生。

牧会塾で今、大きな深呼吸をしている。


新入生と・・・

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「大嶋さん、覚えていますか?」懐かしい名前が入ったメールが届く。

新潟の上越教育大で持っていた小さな聖書研究会に参加し続けてくれたノンクリスチャンのF君からのメール。

学内に貼ってあった聖書研究会のチラシを見て、「怪しそうだったらすぐに逃げ出せるようにドアの側に座ろう」と心に決めて、聖研にやってきてくれたF君。
お寺の住職の息子という経歴をもつ彼との聖研はたまらなく楽しかった。
誠実で、忠実な彼の聖書に対する姿勢は、いつも真摯で、いつの間にか聖研の司会をするほどに。
ノンクリスチャンなのに・・・。聖研後はいつもキリスト者ラーメン部の部活動に一緒に出かけ、上越近辺のラーメン屋を食べ尽くしてきた。

そんな彼がこの春、めでたくルーテル大の大学院に入学。
「東京はなんでこんな人がいるんでしょうね・・・」という彼と、最近御茶ノ水にオープンした名店中村屋が出店した「三四郎」へ。彼との久々のラーメン部である。

その後、彼の専門である心理学の古本屋などを案内し、しばし近況を聞きつつ話を続ける。

東京でも続く交わり・・・。嬉しい土曜の午後だ。

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