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KGK大嶋重徳主事の巡回日記

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神田達磨

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最近、鯛焼にはまっている。
すっかりブームに乗っている感もするのだが、最近の鯛焼はすこぶるおいしくなったと思う。
特にこの神田達磨の鯛焼。
大きな羽がついていて、食べごたえもあり140円。
あんこも甘すぎず、ぺろりといける。

これを先日の全国理事会に出したところ、大好評。
袋をそっとめくって鯛焼を発見し、微笑んでいる理事の顔をしっかりチェック。

ぜひ御茶ノ水に来た際は、神保町へ少し降りてお試しあれ。
あとここのわらびもち(4個入り380円)も、絶品ですよ。おもてなしにも間違いなしの逸品です。

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ひさびさに 餃子

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新主事研修を続けているなかで、彼を事務所の外に連れ出してぶらぶらと歩く。
新主事Nに伝えたい大切なことは、生活する街を自分のものにすることだ。
そして自分好みの街にしていくことが大切。
それが、落ち着いてこの働きを続けていける大切なポイントなのだ。

仕事をしながら息が詰まることがある。
「息を吹き返したい」と思いにはまる時がある。
そんな時に自分好みの場所を持っているだけで、この働きは少し前に進める。

この街が好きだ、ということがこの街で伝道していくものには、必要不可欠な感情だ。

ここからボクの持論。
自分好みの街にする第一の秘訣は、うまい店を見つけることに限る。
御茶ノ水、神田、神保町界隈は昔からの名店が並ぶ。しかも学生の町御茶ノ水は安い店が多いのだ。

今日は、餃子。
写真はスヰートポーヅ。餃子か?と思うこの感じは一食の価値あり。1933年開業という戦前からつづく名店であるこのみせは、結構並んでいる。ただお昼時を外せば3-4人であれば一緒に食べられる。

もう一つはがっつり行きたい人には、
天鴻餃子房。ここの黒豚餃子は間違いない。さらに花椒のきいた麻婆豆腐は絶品。御飯がすすむ、すすむ。ぜひどうぞ。

お好み焼き大会+祈り会

1/20
2月に一時帰国する主事の仲間、ブイさんの希望で主事会新年祈り会のお昼御飯はお好み焼きに。
T主事は「今日は祈り会をするんですか?」と最初からお好み焼き全開モードで参加。

実はお好み焼きには相当なこだわりを持っている私。
「もしお好み焼き屋を開くんだったら、出資するよ」と言ってくれる方々が、今のところ8名。
昨日のうちに仕入れた数々の具材を調和させ、鉄板(ホットプレートだけど)の上で一つにインテグレートさせていくプロセスは、信仰の営みを思わせる。

今日のメニューは、
豚紫蘇焼き、餅チーズ、豚ソバ載せ、豚キムチソバ載せ、キムチチーズの五種類。
大人9名を胃袋を満たしていくためには、キャベツ二個、葱3束は必要。
もう少し少ない人数であれば、葱焼きをつくってポン酢で食べるという前菜も作りたいところなのだが・・・。
外はかりっと、中はふわっとが大切なポイント。
数多く入っている具材が一つになって皿の上に載っているが、特製マヨネーズとソースとからまって口の中に入れると、具材達が互いに存在感を出し、没個性ではなく交わりの中にあって、豊かに光を放つというのが、さらに大切なポイント。

祈り会が終わった後は、残れるメンバーできりたんぽ鍋。
これまた鍋をすっかりさらえるほどの人気。
この日は、家庭礼拝に主事達に加わってもらって、解散。

イエス様の食事のシーンが聖書に沢山記されている。
食べることは、霊的なことなのだ。

ともだちと鰻

学生時代の友人が昼ごはんに誘ってくれた。
午前中の仕事を早めに切り上げ、御茶ノ水で待ち合わせ。

行った先は神保町の鰻屋。名店「かねよし」
奢ってくれるという友人の太っ腹さに感激。
タレにコクがあり、歴史を感じる味。

彼とは学生時代の付き合い。
あの京都の汚い寮の自室で、
彼が信仰告白した時から、もう15年経つ。

彼もまた先月父親になった。
同じペースで年を重ねることの出来る友人との時間は至福だ。
関西弁で話しまくり、一気に京都の頃の光景に戻る。

「神保町って京都に似てるな」と彼が言った。
「あほか、それは俺ら二人が一緒に歩いているからやろ」
そう突っ込む自分の言葉に、いつでも人生の同伴者となってくれる
友人の存在に感謝。

友との時間は何よりもの御茶ノ水グルメ。

しゃべれどもしゃべれども

仲間の主事が、絵画評論をしている。

こちらは映画について。

夫婦で深夜、映画を見ることが大切な時間。
ここ最近の邦画の実力は益々あがっているかと思う。
お気に入りの映画についてはまた今度にして、
先日の説教演習とからめて落語家の映画「しゃべれどもしゃべれども」。
国分太一主演のこの映画は、二つ目の落語家が真打を目指す中での人間模様。
自分の説教者としての葛藤そのまま投影させられる。


当代きっての名手と呼ばれる落語家柳家小三治がこう言う。
「古典落語は古典それ自体が面白い。これを現代に届くのにどうするか、それが課題。」

明日の説教を思い巡らされる言葉だ。
御言葉それ自体が私達を救う。
そのいのちの御言葉を邪魔をせずに、この時代に届ける預言者としての使命。


小三治は毎度、「小さく、小さく」と言って高座にあがる。
持っているものしか、僕等は勝負できない。

人間が大きく見えないように、自分を大きく見せないように、
神様の豊かさだけが現れるように、御言葉の豊かさだけが現れるように。

明日の説教を祈りつつ。



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