徳丸町キリスト教会訪問

logo.jpg

尊敬する牧師にお願いすることの一つは、「本棚を見せてもらえませんか?」
本棚にはその牧師の秘密が詰まっている。
説教の言葉、祈りの言葉、何気ない交わりでの言葉の数々は牧師の部屋から生まれている。
そしてその秘密は本棚にある。

昨年のバルメン宣言の学びをしてくださった徳丸町キリスト教会の牧師の本棚は、神学生時代から圧巻だった。
1年生で入学した私に、神学生になるということは「こういう本棚をつくることなんだな」と思わされた本棚であった。暫くその前で立ち尽くし、1.2時間じっとその前で立ち続けることが出来るなと思える本棚であった。

そういう本棚を、関東地区の他の主事にも経験して欲しい、またそれぞれの本棚を形成して欲しい、そう願い、また先生もお招きくださって関東地区主事6名で牧師室にお邪魔した。

本棚をしばし離れた後、奥さまが入れてくださったケーキとコーヒーでお交わり。
そこで先生の説教の葛藤や苦悩についても話をしてくださった。
このような簡単には見えない牧師の裏側を信頼して分かち合ってくださることに、心震えた。
先生の苦悩は、そのまま自分が考えないといけない苦悩で、先生の葛藤はそのまま自分が目を背けている葛藤ではないかと思った。

神学書の前でなす交わり。

私にもあの本棚にははるかに及ばないが、私の本棚がある。この本棚の前で苦悩し、聖書に向かい、言葉を捜し続けてきた本棚である。
ここに今の自分の全ての言葉の源があるのは事実である。


婚約式

T主事とM主事の婚約式。

証人として二人の後ろに立ち、二人の誓約を一番近くで聞いた。
少しうわずる男性の声、緊張のせいか小さな女性の声が聞こえた。

二人が一緒に我が家に来てくれたのはつい先日。
それぞれ別々にいつも面談のたびに、我が家のテーブルでそれぞれの祈りの課題や、仕事の課題を話してきた。その二人が結婚へと導かれた。

嬉しい。
結婚をしたいと願う相手が同じ職場にいるということ。
「こんな職場の人と結婚なんて出来ない!」と思うのではなく、愛と尊敬と信頼がこの職場に生まれていたこと。
二人が思いを分かち合い、結婚までのスピードがアレほど早かったのは、同じ職場で既に生まれていた尊敬と信頼があったから。

最後に、ここに愛が加わった。

日本聖化交友会 プレイズ&トーク

seinen_09_019.jpg

場所は中目黒。
閑静な住宅街、そしてお洒落なカフェが立ち並ぶ。
インマヌエル中目黒教会を会場として、日本聖化交友会でのご奉仕に伺った。
インマヌエル、ホーリネス、チャーチオブゴッド、フリーメソジスト、日本イエス、ウェスレアンホーリネス、ホーリネスの群れ、そのほか単立のホーリネス系の教会の青年勢ぞろいの集会。

テーマは「恵み満タンはいります」。雨の日にも関わらず東京近郊の諸教会から青年が集まり、共に賛美をなし、悔い改めを祈り、献身の招きに応じた。
このような奉仕をさせてもらい思うことは、牧師の献身的な奉仕だ。青年の救いのために、信仰の成長のために、交わりの場の形成のために奉仕をされる。
次世代の教会の青年の成長のために。

ちなみにこちらの会場の教会のメンバーに、N大KGKのMがいる。
少し早めに行くと、教会の前でバットの素振りをしていた。「何やってんの?教会に入りづらいじゃん”!」と言うと、「うちの教会、野球部があるんですよ。」倉庫を見ると野球セット一式が。
いいなあ、こういう雰囲気・・・。

ただバットの素振りは中目黒に似合わない。


シンガポールミッショントリップ

Image013.jpg

シンガポールミッショントリップが、関東地区に来てくれた。
EARCに参加した学生が、是非とももう一度日本へ!と祈りを積んでくれて実現。
EARCの実りの一つだ。

この5/30-6/19まで。彼らが関東地区KGKでもたらしてくれた恵みは大きい。
顔と顔をあわせて、KGKの活動を祈り、聖研を共にし、準備してきてくれたプレゼンテーションを披露してくれた。

国中を自転車で回ることも可能なシンガポーリアンにとって、群馬、茨城へ多額の交通費と時間をかけて主事と学生が訪問することはアンビリバボー。
以前、IFESの交わりで北陸地区では4時間かけて一人の学生に会いに行くと言うと、「はああああ、信じられない」と言っていた。
しかしそれがKGKでは日常。この経験が彼らにとっても大きかったようだ。
ミッショントリップはどちらかが一方的に与えて終わりというものではない。相互の恵みの交換が行われる。もちろんどちらも主から頂いたものだ。

写真は彼らが、茶室で日本文化を経験した春日部にある教会で春にだけ作られる欅庵。この欅の木の上で茶が振舞われる。

KGKOPEN DAY

ここ最近のブログ更新がままならない。ブログを書こうとする前に、「あのメッセージの準備が・・・。」「あの講演の準備が・・・。」をいう思いが先に立つ。更新できずにいたここ数日、みにきてくださったみなさまありがとうございました。

しかし昨日、この怒涛の6月を締めくくるKGKOPENDAYの奉仕が無事に終わった。
「教会を建てあげる若者を育てるために」というテーマで、130名ほどの参加者が与えられ、土曜日にも関わらず、牧師、伝道者の方々も多数来場してくださった。

このポストモダンの時代、若者への伝道を考えるとき、アジア、アメリカでもてはやされる若者だけをターゲットに絞った教会形成をする方法論を耳にする。最高の音響と、心打たれる映像やスキット。そしてテーマ性のあるシンプルなメッセージ。心地よい同世代の交わり・・・。その全てが魅力な響きを持つ。

しかし教会とはそれで良いか、という問いがある。
世代を越えた「神の家族」であるキリスト者の交わりはどうなる?という問いだ。
20年、30年後その世代が年をとったとき、その教会はどうなる?と問い。
そしてその時、次の世代をどうするのだ?と思う。

教会は面倒な交わりなのかもしれない。気心のしれた人ばかりがいる訳ではない。
しかし、私達は神の家族だ。家族とは本来、面倒なものなのかもしれない。そこにあるのは、自分が切り取ることの出来ない交わり。

しかし、家族が崩壊するこの時代、人間関係が希薄になるこの時代、個人主義が蔓延するこの時代、気に食わない人とは付き合いたくもないこの時代・・・。すべての人との繋がりを諦めてしまおうと絶望するこの時代にあって、教会には諦めない交わりがある。

そのような者とされたと知る時、そこに神の大いなる招きの意味を知る。
キリストが私を諦められなかった。
キリストにあって私を導いてくれた人は、私を諦めずに交わりを保ち続けてくれた。
教会は私と共に成長の途上を共に歩もうとしてくれた。

人間的な魅力を打ち破って、神はこの地に諦めない交わりを形成された。
この交わりを形成する民を育成することが求められている。
粘り強く、謙遜に、建てあげる言葉をもって、教会の側に立って言葉を発する民が必要だ。

KGKの学内活動は、やっている内容は地味だ。しかし胸を張って地味でいたいと思う。
今日、自分が行かなかったら終わるかもしれない祈祷会を担うこと。
御言葉をひたすら未信者の友人と読み続ける聖書研究会を続けること。
2年生になるとすぐ気の会わない後輩を育て、学内活動の継承のために仕える先輩となること。
その一つ一つは、教会を建てあげる筋肉をトレーニングする。

この国には、そのような誠実なキリスト者が育つことが必要だ。
この国には、そのような教会が建つことが大切だ。
最近聞いた言葉に心打たれた。「1%の壁を超えるクリスチャンが増えるよりも、まことの1%のクリスチャンが必要だ。」

KGKOPENDAYで見せてくれた学生たちのスキット、そして立教RGLの交わりを通して導かれた救いの証し・・・。
神の国の建設を次の時代に託すことの出来る同労者たちが、そこにいた。


| ホーム |


 BLOG TOP  » NEXT PAGE